"奪われた十八年の通帳" 第6話
散用の黄いゴムホースを蛇に繋ぎ、コックを捻る。 吐きされた井戸は、瞬だけ温かくじられたが、すぐに指先の覚を奪う氷の刃へと変わった。
私はタワシを握り、クラウンのホイールハウスにこびりついた赤を擦り落とし始めた。 がね、顔にかかる。 袖からが染み込み、首の皮膚が引き裂かれるように痛む。
――なぜ、私はここにいるのだろう。
、毎毎、誰かの排泄物を片付け、誰かが汚したを洗い流し、誰かの吐き捨てた悪をみ込んできた。 父が残してくれた誇りも、名も、すべて捨てて。 敏之をした罰なのだろうか。 それとも、あのの言葉を信じた私の、これが報いなのだろうか。
フロントとサイドを洗い終え、私はトランクの鍵穴にキーを差し込んだ。 敏之の言っていた「ボロ布」を取るためだ。
カチャリ、とい属音がして、トランクの蓋が持ちがった。
いた瞬、私の腔を突いたのは、使い古されたトランク特のカビ臭さではなかった。
異様な、甘ったるい匂い。
エンジンオイルの焦げた臭いとも違う。 薬品のような、どこかで、嗅いでいるとの奥がジンと痛くなるような、粘り気のある甘い匂い。
――凍液(エチレングリコール)の匂いだ。
トラックの備を伝ってきた私には、その匂いが何であるか、すぐに分かった。
ラジエーターに入れる却。 だが、なぜトランクから、こんな烈に匂いつのか。
トランクのには、のついたゴルフバッグと、予備のチェーン、角表示板が無造作に転がっているだけだった。 洗用のタオルを探そうと、底に敷かれた汚れたグレーのカーペットを持ちげる。
そのには、スペアタイヤが収まる円形の鉄板の窪みがあるはずだった。
カーペットをめくった瞬、烈な化学臭がちった。
「……何、これ……」
私はわず呟いていた。
スペアタイヤのホイールの隙、黒い鉄板の底に、何かが詰め込まれていた。 それは、業用の黒いゴミ袋で何にも包まれ、さらに繊維入りの力な布ガムテープで、ぐるぐる巻きに固定されていた。
尋常ではない。 ただの予備具やオイル缶なら、こんなに隠す必はない。
私は寒さで張る指先で、ガムテープの端を爪でカリカリと擦った。 凍りついたテープはく、爪のえ際から血が滲む。 構わずに、力任せに引き剥がした。
ビリビリと、静まり返った夜のに、粘着テープが裂ける気な音が響く。
黒いビニールを破ると、から転がりてきたのは、リットルのポリ容器だった。 ラベルには「ロングライフクーラント・原液」と印字されている。 だが、容器は半分以が空になっており、キャップの周りには、青緑の蛍塗料のような液体がべっとりと固着していた。
それだけではなかった。
ポリ容器の、湿気を防ぐようにジッパー付きの透なビニール袋に入れられた、数枚の切れが押し込まれていた。
私は懐灯を取りにりたい衝を抑え、灯の青いにかざした。
枚目は、速の領収だった。 の文字は、油とでしれていたが、印字された文字ははっきりと読めた。
『曲料・料所』 『 午分』
指先が、ガタガタと音をてて震え始めた。
。 玲奈の弟が運転する軽トラが、曲峠のヘアピンカーブでガードレールを突き破り、百メートルの岩に激突した、まさにそのの付だった。 事故の推定刻は、午半。
事故現は、この料所から峠をキロほど登った所だ。 敏之はその夜、「会社で徹夜の配組みがある」と言って、朝まで帰らなかった。 警察の事聴取でも、「その帯は継所の事務所におり、事務所の固定話で運転と連絡を取りっていた」と証言していたはずだった。
なぜ、敏之の私用が、その刻に曲峠の料所を通過しているのか。 そして、なぜこの空になった凍液の容器と緒に、スペアタイヤの底に隠されているのか。
息ができない。 喉の奥がカラカラに渇き、吸い込んだの空気が気管を凍りつかせる。
私は震えるで、もう枚のを袋から引っ張りした。