"失踪した兄へ父が送り続けた金" 第8話
受話器の向こうで、修平が子供のように泣き叫んでいた。
館からの最終の特急と幹線を乗り継ぎ、私が京駅の改札をたのは夜を過ぎていた。
はたいがり始めていた。 タクシーの窓を伝う粒を眺めながら、私はバッグのにある振込控えの束を、濡れた指でく握りしめていた。
兄・也の、あの油で汚れた。 そして、話で半狂乱になっていた修平の叫び声。
つの景が、激しい痛とともにので激突していた。 兄は自らを捨てたのではなかった。父に叩きされたのだ。 そして、父が密かに送り続けていたのことなど、何つらずにの果てでをすするようにきていた。
では、弟の修平は何を恐れているのか。 なぜ「兄貴が戻ってきたら、俺のがめちゃくちゃになる」と泣き叫んだのか。
夜、実のにタクシーが止まった。 煙に煙る古い本は、灯の暗いを浴びて、巨な棺桶のように沈黙していた。
玄関の引き戸に鍵はかかっていなかった。 ガラガラと引き戸をけると、換気扇の回っていない温かい空気とともに、烈なヤニの臭いがを突いた。
「修平……?」
声をかけたが、返事はない。 (たたき)には、修平のスニーカーが乱暴に脱ぎ捨てられていた。
廊を抜け、居の襖をけた瞬、私は息を呑んだ。
井の蛍灯は消えていた。 台所の流し台のさな豆球だけが灯り、暗い部の真んに、修平が胡をかいて座り込んでいた。
畳のには、溢れかえった皿と、何本もの吸い殻が散乱していた。 その横には、々に砕け散った湯呑みの陶器片が、凶器のように転がっている。
修平は私の音に気づいても、顔をげようとしなかった。 両を膝のに置き、ただじっと畳の隙を見つめている。 その背は、代半ばの男のものとはえないほど丸まり、さく震えていた。
「……ったんだな」
修平のから漏れたのは、煙で完全に潰れた、くかすれた声だった。
「テーブルのに、幹線の領収が落ちてたよ。館まで片万千円。……親父の遺品理の最に、わざわざ田までく用事なんてつしかない」
私は靴を濡らさないよう、陶器の破片を避けて居にを踏み入れた。 修平の正面に正座し、バッグから枚のを取りして、畳のに置いた。
館の森田自修理の名刺と、羽の振込控えのコピー。
「会ってきたわ」
私の声は、自分でも驚くほど静かだった。
「お兄ちゃん、きてた。田の国沿いの、トタン根のさな修理で、朝から晩までだらけになって働いてたわ。も顔も油まみれで、私のってるお兄ちゃんの面なんて、どこにもなかった」
修平の肩が、ピクリとねがった。
「お兄ちゃんはね、父さんからおなんて円も受け取ってなかったのよ。振込先だった森田さんという親父さんは、お兄ちゃんの恩だった。でも、その恩をで操って、おを流していたのは父さんだったの」
修平は黙って唇を噛み締めていた。 血が滲むほどく、唇を噛んでいる。
「修平、あなたからってたんでしょう。父さんが田におを送ってたこと」
私は弟の目を覗き込んだ。
「どうして隠してたの? 母さんがぬまで、どうして言も言わなかったの? ……それだけじゃない。お兄ちゃんは言ってたわ。自分からをたんじゃない、父さんにつの鞄と緒に、真のに叩きされたんだって」
修平の呼吸が、急速に荒くなっていった。
「教えてよ、修平。のあの、あので本当は何があったの? どうして父さんは、あれほどがっていた跡取りのお兄ちゃんを、度と敷居を跨ぐなって追いしたのよ!」
「やめろ……」
修平の喉から、押し殺したような呻きが漏れた。
「やめろって言っただろ、姉さん! 何で蒸し返すんだよ! 何であのに会いにったんだ!」
「逃げないで!」
私は修平の胸ぐらを掴みそうになるのを、必で堪えた。
「蒸し返してるんじゃないの! 私たちは、嘘のできてきたのよ! お兄ちゃんが酷で、族を捨てて逃げたから、うちが壊れたんだって……私ずっとそうってた! 母さんがんだのも、父さんが病気になったのも、全部お兄ちゃんのせいだって憎んでた! でも違ったんじゃない!」