みかん小説
本棚

"父親欄の黒い斜線" 第10話

【10】「息子を召使いにするな」鍵で乱入した義母

同じ頃、拓也のむ旧居のマンションでは、異様な景が繰り広げられていた。

リビングのにはジョイントマットが敷かれ、隅にはミルクの缶と消毒済みの哺乳瓶が然と並んでいる。

拓也はワイシャツの袖をまくりげ、額に汗を浮かべながら、陽菜の背をトントンと優しく叩いていた。

「よしよし……げっぷ、たな。えらいぞ」

つきはまだい。

だが、あの料亭の席ののように、スマホを見ながら適当にあやすような態度は消えていた。

美咲が残していった育児メモを壁に貼り、を計りながら、対で娘と向きっていた。

カチャリ。

突然、静かな部に属の擦れる音が響いた。

拓也がギョッとして顔をげた瞬、玄関のドアが勢いよくいた。

「拓也! がらせてもらうわよ!」

現れたのは、きな呂敷包みを両に抱えた義母・久子だった。

には、かつて拓也が「何かあったときのために」と渡してあった鍵が握られていた。

「母さん……!? なんでここに……」

「なんでって、あんたがで赤ん坊の面倒を見てるって聞いたからに決まってるじゃない! 駅のスーパーで、あんたがオムツ持って歩いてるのを見かけたがいてね!」

久子は靴を脱ぎ散らかし、ずかずかとリビングへがり込んできた。

そして、エプロン姿で陽菜を抱く拓也を見るなり、切り声をげた。

「まあ! なんてけない格好してんの! 腕まくりなんかして、エプロンまでつけて……!」

久子は呂敷からタッパーのを取りし、テーブルに叩きつけるように置いた。

「あんたの好きな角煮とぷらよ。ほら、その子をこっちに寄越しなさい。私が抱いててあげるから、あんたは座ってビールでもみなさいよ」

久子が陽菜に向かってを伸ばした。

だが、拓也は反射に歩退り、娘を自分の胸の奥へ引き寄せた。

「いいよ、母さん。ししないでくれ」

「何言ってんの! 男の仕事じゃないでしょ、こんなこと! あのみそっかすの嫁、本当に許せないわ。実がないのをいいことに、うちの跡取り息子を召使いみたいにこき使って! 今すぐ話して鳴りつけてやるわ!」

「やめろって言ってるだろ!!」

拓也の声が、部の空気を切り裂いた。

久子が目を見張り、ぽかんとをけた。

「た、拓也……? 母親に向かって、何よその声は」

「俺がやってるんだよ」

拓也の呼吸が荒くなっていた。腕のの陽菜が、声に驚いてさくを縮める。

拓也は識して声を落としたが、その瞳にはこれまでにないたいが宿っていた。

「美咲に命令されたんじゃない。俺が、俺の子どもの面倒を見てるんだ」

「だから、男がそんなことする必ないって——」

「じゃあ、誰がやるんだよ!?」

拓也は歩、母親に詰め寄った。

「美咲がで産ボロボロになって、股の傷から血を流しながら夜泣きに対応してた、母さんは何て言った? 『昔の女は畑仕事のに産んだ』ってで笑ったよな。俺が『も仕事だから』って栓して寝てた、母さんは『男を休ませるのが妻の役目』って煽ったよな」

「そ、それは……当たりのことじゃない……」

「美咲がで限界を迎えてたは言も配しなかったくせに、俺がたった週にオムツ替えただけで『な息子』か? ふざけるなよ」

拓也のから、澱のように溜まっていた自己嫌悪と、親へのりが噴きしていた。

「母さんがそうやって俺を甘やかして、『男はでだけ稼げば偉い』って育てたせいで、俺は自分の族を壊したんだ。……鍵、返してくれ」

「な……なんですって……?」

「鍵を返せ。今すぐ、ここからてってくれ。度と勝に入るな」

久子は顔を真っ赤にし、ワナワナと唇を震わせた。

「あんた……親に向かってそんなを利くなんて……! あの女に洗脳されたのね! 悔してもらないから!」

久子はタッパーを置きりにしたまま、荒々しくドアを閉めてっていった。

静まり返った部で、拓也は膝から崩れ落ちた。

全から汗が噴きしていた。

実の母親を拒絶したことの罪悪と、初めて自分の志で『族』を守ったという奇妙な震えが、胸を締め付けていた。

だが、堵するは秒も与えられなかった。

腕のの陽菜の体が、異様にを帯びていることに、拓也はそのまだ気づいていなかった。

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: