"22年育てた継娘の挙式前夜、親族席を奪われた母" 第11話
計、千百万円。 支払期は、通到達から週以内。 応じないは、産の競売申ておよび与の差押えに移する——。
「な、なんだこれは……!? 千百万!? あいつ、狂ったのか!?」
隆之の指がガタガタと震え、類がに滑り落ちた。 親の遺産であるを売らなければ、絶対に払えない額だった。
たいがり始めた夕暮れ。
アトリエのガラス窓ので、がじっとち尽くしていた。 ずぶ濡れのトレンチコートを着て、傘も差さずに震えている女性。
美咲だった。
私が作業机で依頼品のジャケットの裏を縫いわせていると、控えめなノックの音が響いた。 トントン、トントン。 かつて、甘えたいに私の部のドアを叩いていた、あのリズム。
私は針を止めず、ミシンのペダルを踏み続けた。 カタカタカタ、と乾いた械音だけが部に満ちる。
ガチャリとドアがき、濡れ鼠のような美咲が部のへ滑り込んできた。
「……お母さん」
掠れた、泣き腫らした声。 歳のの女が、迷子の子どものような顔をして私を見つめていた。
私はミシンのペダルからをし、ゆっくりと顔をげた。 けれど、ちがりもしなければ、タオルを差しすこともしない。
「何の用かしら、美咲さん」
『美咲さん』。 に投げかけるようなたい響きに、美咲が息を呑み、胸を押さえた。
「お願い……そんな呼び方しないで……。お母さん、私、悪かったの。本当にごめんなさい……!」
美咲はに両膝をつき、濡れたで私の作業机の端に縋り付いた。
「悠太さんがね、入籍を取りやめるって……。ご両親も、私のことを『恩らずな嘘つき』だって……。お願い、お母さん、悠太さんとご両親に説して! あれは誤解だったって、お母さんが自ら席を譲ってくれたんだって、言だけでいいから言って……!」
机のに、美咲の涙がポタポタと落ちていく。
私はその涙を、ただ静かに見ろしていた。 胸の奥に、何のも湧きがってこなかった。 同も、憐れみも、りすらも。 ただ、どこまでも透き通った虚無があるだけだった。
「美咲さん」 私は穏やかな、しかしの切乗っていない声で問いかけた。
「もし、由紀子さんがあなたを受け入れて、悠太さんたちも何も気づかず、結婚式が成功で終わっていたら……あなた、今ここへ謝りに来たかしら?」
美咲の息が、喉の奥で止まった。
見かれた瞳が、激しく揺れる。 唇をワナワナと震わせ、何も言い返せない。
それが、答えだった。
この子は、私を傷つけたことを悔いているのではない。 私が築いてきた全な防波堤を失い、自分が世から断罪され、婚約破棄という痛い代償を払わされそうになっているから、怯えているだけなのだ。
「私を買い被らないで」
私はハサミを取り、糸をプツンと切った。
「私はね、あなたがどんなに傷つけても、最には無条件で許してくれる『都のいいお母さん』を、昨の朝で廃業したの」
「お母さん……! 昔に戻りたいの……! 私、お母さんのご飯がべたい……お母さんにを直してほしい……! お願いだから、昔みたいに笑って……!」
美咲がに額を擦り付け、子どものように泣き叫んだ。
私はちがり、静かに美咲のにった。 そして、え切った声で、最の撃を落とした。
「昔には戻れないわ。あなたが私をいらないと言ったことも、私がく傷ついたことも……なかったことには、絶対にできないから」
美咲が顔をげた。 絶望に染まったその瞳に映っていたのは、かつてどんなが儘も包み込んでくれた優しい母の姿ではなかった。
自分のをで踏みにじった者を、度と結界の内側に入れないと決めた、の毅然とした女性の姿だった。
庭裁判所の調。
目調の苦しい机を挟んで、夫の隆之が座っていた。たったヶしか経っていないというのに、仕ての良いスーツはヨレヨレになり、無精髭が顎を覆っている。かつて庭内でふんぞり返り、妻を見していた傲な男の面は、どこにも残っていなかった。
「真理子……頼むから、考え直してくれ」
掠れた声で、隆之がすがるようにを伸ばそうとした。
私の隣に座る弁護士が、鋭い線でそれを制する。
「相方、直接の接触はお控えください。