"椿の家を守った母" 第1話
「今から俺たちもむから、部をけとけよ」
話の向こうで、男のは当然のように言った。
その声のろから、嫁の彩佳の声がなった。
「お母さんが逆らうなら、介護は切しませんから」
私はスマートフォンをに当てたまま、しばらく黙っていた。
2は、私が慌てるとっていたのだろう。
老の介護という言葉をせば、母親は黙って従う。男というをせば、も財産も自分たちのものになる。
そんな考えが、話越しでもはっきり伝わってきた。
けれど、私はもう以の私ではなかった。
「介護なんて、しなくて結構よ」
そう静かに言うと、話の向こうでが息を詰まらせた。
「は? 男の俺がむって言ってるんだぞ」
私は窓のに目を向けた。
庭の隅に、くなった夫の正が事にしていた植鉢が並んでいる。を越えた枝先に、ほんのしだけ芽がていた。
「男だからって、母親のものが全部あなたのものになるわけじゃないのよ」
私はそれだけ言って、通話を切った。
3、彩佳から鬼のように話が鳴り始めた。
着信履歴は、あっというに何件にも増えた。
しばらくしてから話にると、彩佳の声はらかに震えていた。
「お母さん……あの、どういうことですか?」
私は受話器を握り直し、ゆっくり息を吸った。
もう遅れよ。
私を舐めたこと、骨の髄までいらせてあげるわ。
私の名は片桐義恵。62歳。
2の、夫の正がくなった。
病気が見つかってから、わずか3ヶのことだった。
64歳だった。
告を受けた、病院の帰りで正は自販売のにち止まった。何も言わずに缶コーヒーを2本買い、そのうち1本を私に差しした。
「義恵、驚かせてすまんな」
正が言ったのは、それだけだった。
ドラマのような言葉は何もなかった。ただ、たいアルミ缶の触と、の夕暮れので正が缶を握っている横顔だけが、今も記憶に残っている。
病院から自宅までの帰りは、1ほどかかった。
の窓には、町のかりが流れていた。
正は缶コーヒーを両で包み込むように持ち、ぼんやりと膝のあたりを見つめていた。私は何か言おうとして、何度も言葉をみ込んだ。
結局、最まで何も言えなかった。
入院してからの3ヶも、正はあまりくを語らなかった。
もともと数のないだった。
余命を宣告されたも、ベッドので淡々と病院をべ、私が持っていった聞を読み、し眠った。
「痛い?」
私が尋ねると、正は聞から目をさずに答えた。
「まあな」
「辛い?」
「まあな」
何を聞いても、返ってくるのはほとんど同じだった。
けれど、それが正らしかった。
息を引き取る夜、私は病院の廊の子に座って朝を待っていた。
廊のはたく、リノリウムの触がの裏に残った。座っているうちに、い子の角が体に馴染んでいくようだった。
井の蛍灯がしだけちらついていた。
から2番目のかりだった。
私はそのさなちらつきを、もなくずっと見ていた。
葬儀のはだった。
の差しが墓に差し込み、供のい菊が眩しかった。
私は棺のにち、ただぼんやりと目を見つめていた。泣けなかったわけではない。ただ、何もかもがくに見えて、自分がそこにいることが信じられなかった。
棺の目の節が、葉脈のような形をしていた。
私はその節の数を、もなく数え続けていた。
参列者への対応を率先してやってくれたのは、次男の翔太だった。
翔太は方の信用庫に勤めている。法を聞いてすぐに駆けつけ、親戚への連絡から返礼品の配まで、黙々とこなしてくれた。
「母さんはここに座ってていい。俺がやる」
翔太はそう言って、私を子に座らせた。
それ以の言葉はなかった。
でも、その言のさを、私は今でも覚えている。
方、男のは、の横に仁王ちになって、来る来るに名刺を差ししていた。
「俺が男のです。父がお世話になりました」
名刺を受け取った親戚の1が、議そうな顔でそれを裏返した。
私もそっと覗き込んだ。
いの央に、1だけ印刷されていた。