"ママ、弟が生まれたらママも譲るの?" 第10話
胃の奥底に溜まっていたすべての迷いが消えり、のは恐ろしいほど静まり返っていた。
「、曜ね」
息を吸い込み、私は言言、氷の刃を突きてるように告げた。
「午。音を実の母に預けてくる。……戻ったら、で話しましょう」
健太の喉が、引きつったようにした。
「何を……話すんだよ」
私はふっと、笑みを浮かべた。 度もを通わせることのできなかったこの夫と、その母親に向けて。
「決まってるでしょ」
ダイニングの空気が、完全に凍りついた。
「お義母さんに、にこのをてってもらう話よ」
曜の朝、たいが窓を叩いていた。
朝の半、私は音のを引いて、実の母の軽自に乗り込ませた。 事に事をかいつまんで話しておいた母は、何も言わずに音のを撫で、部座席で温かいココアを渡してくれた。
「ママ、夕方にはお迎えにくからね。ばあばとクッキー作って待ってて」
音はしそうに私の顔を見げていたけれど、やがてさく頷いた。 母のが角を曲がって見えなくなるのを見届けてから、私は、自宅へと引き返した。
ここから先は、歳の子どものに入れていい話ではない。 守るべきものを守るためには、まず、が血を流す覚悟を決めなければならなかった。
玄関のドアをけると、を覆う線と、義母が朝に焼いた鮭の油の匂いがをついた。
息苦しい。 靴を脱ぎ、リビングのドアノブにをかける。 指先は氷のようにたかったが、胸の奥底には、恐ろしいほど静かなが座っていた。
ダイニングには、すでに夫の健太と義母が揃って座っていた。
テーブルの隅には、昨夜健太を凍りつかせた、あの音の絵が伏せて置かれている。 義母は朝からパーマの崩れた髪を気にするように撫でつけ、嫌を全から発散させていた。
「げさに子どもを実に預けたりして、体何の騒ぎなのよ」 義母は私が席に着くのを待ちきれないように、尖った声をした。 「曜の朝からを呼びつけて。昨の夜も健太を脅すような真似をして、美咲さん、あなた母親としての自覚が――」
「お義母さん」
私は義母の言葉を、静かに、だが完全に遮った。 を切乗せない、く平坦な声。 義母がビクッと肩を震わせ、を噤む。
私は背筋を伸ばし、義母の濁った瞳を正面から見据えた。
「この週、事の支度や音の送り迎えをしてくださったことには、謝しています。ありがとうございました」
義母の元が、わずかに緩んだ。 自分が優位にったと勘違いしたのだろう。 「ふん、しは自分の至らなさが分かったのなら――」
「ですから」 私はく息を吸い込み、言ずつ、確実に言葉を落とした。
「お義母さんのお伝いは、今で終とさせていただきます。
荷物をまとめて、今すぐご自宅へお帰りください」
リビングの計が、カチリと音をてた。
が止まったような静寂の、義母の顔がみるみるうちに赤黒く染まっていった。 りと、侮辱されたという信じられない衝撃が、そのい眉の皺に刻まれる。
「……は? い、今……なんて言ったの?」
「今に、ご自宅へお帰りくださいと申しげました」
「追いす気!?」 義母がバン、と両でテーブルを叩いてちがった。 湯呑みの緑茶が波打ち、テーブルクロスに黄い染みを作る。 「実の母親を! 息子のから追いすっていうの!? 私がどれだけアンタのためにを割いて、腰を痛めながらご飯を作ってやったとってるのよ! それを何? てけ!? なんて恩らずな嫁なの!」
鳴り散らしながら、義母は助けを求めるように健太の腕を掴んだ。 「健太! 見てなさいよこの女を! 母親をゴミみたいに追いそうとしてるのよ! あんた、自分の嫁に何か言ってやりなさい!」
健太は青ざめた顔で、を抱えていた。 昨夜、あの絵を見てからの揺が、まだ抜けきっていないのだ。
「美咲……頼むから、もうし言い方があるだろ。母さんだって、よかれとって――」
「よかれとって、娘のを殺しかけたの?」
私はテーブルのの画用を取りげ、勢いよく義母の目のに叩きつけた。
「これを見てください」
義母は眉をひそめ、嫌悪をわにしながら画用に目を落とした。