"私を笑った義母が、帰り際に「結婚しないで」と手紙を残した" 第2話
直は度も、台所の引き戸をけようとはしなかった。
親戚たちが帰り、ようやく解放されたのは、の陽がすっかり落ちた頃だった。 玄関先で両親と祖父に々とをげ、に乗り込む。
直がアクセルを踏み、黒りする瓦根の本がバックミラーの奥へと消えていく。 集落を抜けて京都縦貫へ入るまでの暗い、内には息の詰まるような沈黙だけが満ちていた。
ワイパーが、フロントガラスに落ちてきたを定のリズムで拭っていく。
助席の窓ガラスにをもたせかけながら、私は唇を噛みしめていた。 膝のに乗せた両は、でかじかんだまま、まだ温もりを取り戻せない。
「……ねえ」
耐えきれなくなって、震える声が漏れた。
直はを向いたまま、ハンドルを握るにしだけ力を込めた。
「ん? なに」
「さっきのこと」
喉の奥に、苦いがせりがってくる。
「お母さんの言ったこと、聞こえてたよね? 私、のこと何もできないなんて、度も言ったことない。なんであんな言い方されなきゃいけないの?」
直はさくため息をつき、ルームミラー越しに方を確認した。 その顔には、反省のなどなく、ただ「面倒な話題が始まった」という気だるさだけが浮かんでいる。
「母さん、悪気があって言ったわけじゃないよ」
「悪気がないなら、何を言ってもいいの?」
声が尖るのを止められなかった。
「親戚がみんな笑ってた。おじいさんも笑ってた。私、見世物みたいに嘲笑されたのよ? なんであの、言も庇ってくれなかったの? 美穂は仕事ものこともちゃんとしてるって、どうして言ってくれなかったの?」
「美穂、うちの空気を分かってないよ」
直の声は、驚くほど平坦だった。
「あので俺が親に答えしたら、どうなるとう? 親戚ので恥をかかされたって、祖父がりすに決まってるだろ。母さんだって、親戚の、嫁になるを持ちげて気だってわれないように、わざと謙遜しただけなんだよ」
「私を貶めることが、謙遜なの?」
助席から直の横顔を睨みつけた。
「うちのやり方なんだ。昔からずっとそうやってきたんだよ」
「そのやり方に、私は納得できない。結婚したら、あそこにくたびに毎回あんな扱いを受けるの? 私はあなたの族の召使いじゃない」
涙がボロボロと溢れし、頬を伝って顎から落ちた。 悔しくて、惨めで、何より目のの婚約者がい異物に見えて仕方がなかった。
すると直は、追い打ちをかけるように、事も無げにこう言ったのだ。
「うちは祖父の言うことが絶対なんだ。でも、それもずっと続くわけじゃない」
「……え?」
「祖父がくなれば父がになる。その次は俺だよ。そこまでしてくれればいいんだ」
のが真っになった。 を疑った。
(……は? 今、なんて言った?)
「って……何もしろってこと?」
「げさだな。何もなんて言ってないだろ」
「お父さんはまだ代半でしょ? おじいさんだってあんなに元気じゃない。あと? ? あなたが『』になるまで、私はあそこで笑い者にされて、たいで皿を洗い続けろって言うの?」
私の叫びのような問いかけに、直はハンドルを切りながら、至極当然といった調で言い放った。
「母さんだって、ずっとしてるんだから」
その言が、私の胸にトドメを刺した。
母さんだって、してきた。 だから、おもしろ。
それは慰めでも、妥協案でもなかった。 この男が、未来の妻に対して突きつけた「従の命令」だった。
喉までかかったりの言葉が、スーッと引いていく。 りを通り越して、元から底なしの虚無が広がっていく覚。
私はそれ以、言も発しなかった。 暗い窓に映る自分の青ざめた顔を、ただじっと見つめていた。
京都内に戻り、烏丸御池の自宅マンションのでが止まった。
「美穂、今は疲れたろ。ゆっくり休んで」
直は何事もなかったかのように、いつもの優しい声で言った。 私は返事もせず、ドアをけてにた。 夜のたいが、を持った頬を容赦なく濡らした。
部に入り、かりもつけずに玄関のがり框にへたり込んだ。
暗の、臓がトクトクとな音をてている。