"6年間の節約生活、夫にとっては「庶民ごっこ」だった" 第1話
夫の爪のには、いつも赤茶のレンガが残っている。
どんなに固形鹸を泡ててブラシで擦っても、落ちない。 、結婚指輪を交換したその瞬も、夫の指先はざらついていて、薬指の第関節だけが格好に太くなっていた。
「俺、こんなで隣にいて、恥ずかしくないか?」
かける直、クローゼットので夫が言った。 着慣れないいワイシャツの第ボタンを留めながら、困ったように眉尻をげている。
私は、着回しているネイビーの膝丈ワンピースの裾をえ、笑って首を振った。
「真面目に働いているを、恥ずかしいなんてうわけないでしょ」
本だった。 嘘偽りなく、そうっていた。
横浜の古い賃貸マンション。2DK、賃は万千円。 毎、で決めた計簿の枠を守りながら、いつか買いたいさな古マンションのを、万円ずつ積みててきた。
夫は古い館や歴史建造物のレンガを修復する職だ。 のものも現に入り、いレンガを運び、モルタルを練り、削れた壁をミリ単位で埋め戻す。 に帰ってくれば、作業着からと埃の匂いがする。
私はその匂いが好きだった。 誠実にきている匂いだとっていた。
あの、あのホテルの扉をくぐるまでは。
みなとみらいの層ホテル。 最階のバンケットルームには、を卒業して以が経った同級たちが集まっていた。
空気が、すでに違っていた。 ちるの匂いと、シャンパンの泡。 歳という齢特の、につけている装飾品で互いの現を測りうような、湿り気のある線。
「あら、彩乃じゃない!」
甲い声とともに、の輪を割って歩いてきたのは神玲奈だった。
セリーヌの最作のドレスに、カルティエのブレスレット。 代「学の美女」ともてはやされ、今は都内の広告代理でアカウントディレクターをしている。
玲奈の線が、私の首元からバッグ、元のパンプスへと瞬に滑り落ちた。 値踏みするような秒。 それだけで、相が私をどの引きしに分類したのかが分かった。
「相変わらずね。そのワンピース、何着てるの? ……あ、そちらがご主?」
夫が軽くをげた。 現仕込みの無骨な姿勢。姿勢はいいが、ホテルの華やかな絨毯のでは、どうしても浮いて見えてしまう。
「森川蒼太です。妻がいつもお世話になっております」
「ご主、お仕事は何をされてるの?」
玲奈がグラスを傾けながら、わざとらしく首を傾げた。
「歴史建造物の修復現に入っています。壁のレンガや材を扱う職です」
夫が淡々と答えた瞬、玲奈の元が骨に歪んだ。 驚きではなく、あらかじめ用されていた優越がこぼれ落ちたような笑いだった。
「レンガ? ……あぁ、するに現の作業員さんってこと? 肉体労働?」
周囲の会話が、ふっと途切れた。 聞きをてていた何かの同級が、気まずそうにグラスに線を落とす。
「彩乃、活、変そうね。もっといい選べばよかったのに」
「玲奈」
私の喉の奥から、乾いた声がた。 指先がたくなる。
「夫の仕事を笑わないで」
「笑ってないわよ。配してるの」
玲奈は悪びれもせず、いまつ毛を揺らした。
「のから彩乃ってそうよね。何事にも執着がなくて、譲ってばかりで。欲がないのは結構だけど、結婚相までそんな妥協しなくてもいいのに。物ばかり着て、惨めじゃない?」
「帰ろう、彩乃」
夫が私の肩にそっとを置いた。 そののひらは、いつも通り分くて温かかった。
だが、私は引きがりたくなかった。 このが毎どれだけ真剣に現に向きっているか、何もらないこの女に、侮辱される筋いはない。
私がをきかけた、そのだった。
「……若様?」
く、よく通る声が、背から落ちてきた。
会の入り付が、瞬で凍りついた。
仕ての良いスリーピースのスーツを着た老紳士が、の秘を従えてち尽くしていた。 髪をきれいに撫でつけ、胸元には見慣れない企業のピンバッジ。
玲奈が、息を呑む音が聞こえた。 その顔から、瞬に嘲笑が消え失せ、烈な緊張が張りつめる。
「……久世、会……?」