"4000円を頼んだ私に、死んだはずの父から4000万円" 第1話
「ごめん。4000円だけ、座に入れてもらえないかな」
受話器の向こうから、械油の匂いと属を削る甲い音が漏れ聞こえていた。
夫の悠にそんなけない無をにしたのは、の結婚活のでこれが初めてだった。
横浜の古い町で設備の保全をしている夫は、決して稼ぎがいほうじゃない。目のあせた軽自に乗り続け、画面の端にヒビの入ったスマートフォンをセロハンテープで補して使っているようなだ。靴底がすり減れば自分で接着剤を流し込んで直し、休は私の作った特売のもやし炒めを「うまいよ」と笑って平らげる。
そんな夫に、病院代の端数がりないからを振り込んでくれと頼む。歳にもなって。スーパーの惣菜売りでパートのリーダーを任されている女が、たった千円の面すらできずに。
「……何かあったのか?」
受話器の奥で、夫の擦れた声がした。
「今、お母さんを総病院に連れてったの。臓の弁がくなってて、はもっと詳しい専の検査を受けなきゃいけないって言われて……。診察代と、の代を計算したら、どうしてもりなくて」
今の料までは、あとある。私の座の残は千百円。母の財布に残っていた銭をわせても、千百円しかなかった。
の初診料と図、血液検査の費用を考えれば、最でも千円は財布に入っていなければ病院の自精算のでち尽くすことになる。
「わかった。今すぐ昼の休憩でへって振り込むよ」
夫は理由をく追及することも、ため息をつくこともしなかった。
「お母さん、きつそうなのか」
「うん……さっきから横になってるけど、息が浅くて」
「無理させるなよ。はすぐ入れるから、奈はそばにいてやれ」
通話が切れた。え切った台所のパイプ子に腰をろすと、けなさと申し訳なさで喉の奥がツンと痛んだ。
隣の畳では、歳になる母の澄がいせんべい布団に横たわっている。かつてさな定の厨で、い華鍋をで振るっていた母の背は、いつのにか信じられないほどさく縮んでいた。し歩くだけで肩をさせ、唇のをに変える。
私たちが暮らす築の造アパートは、壁がく、を通る所のの音や夕餉の支度の匂いが容赦なく染み込んでくる。世は何事もなく夕暮れを迎えているのに、私たちのだけが、銭の残に怯えながら澱のように止まっていた。
母の薬を理しながら、台所の暗い蛍灯ので待つこと分。ポケットので、スマートフォンがく震えた。
の公式アプリからのプッシュ通。夫が振り込んでくれたのだとい、画面のロックを解除した。
表示された入通に目を落とす。
……は?
が、まったくに入ってこなかった。
数字の「4」のあとに、信じられない数のゼロが並んでいる。
画面の汚れかとい、親指の腹で液晶をくこすった。消えない。目を凝らし、声にして桁を数えた。
、、百、千、万、万、百万、千万。
千万。
40,000,000円。
臓が喉元までねがった。呼吸の仕方を忘れたように、胸の奥がたく凍りつく。
「ちょっと、待って……」
千円を頼んだはずだ。夫が打ち違えたのか?いや、の械の座に、打ち違えるほどの千万円なんてがするはずがない。システムのエラーか。それとも何かの詐欺に座が巻き込まれたのか。
指先が激しく震えて、うまく画面がタップできない。急いで夫の番号を押し直した。コール音が回鳴るか鳴らないかのうちに、通話が繋がる。
「悠!? ちょっと、何これ!? 今すぐアプリ見て! 千万って……」
「え? 何が? ごめん奈、の旋盤が急に止まって持ちをれられなくてさ。今から抜けしてATMにこうとってたところなんだけど」
受話器の向こうから、属の甲い駆音がそのまま響いていた。
「……え?」
私の喉から、抜けな裏返った声がた。
「まだ……振り込んでないの?」
「うん。だから今からくって。どうしたの?」
夫じゃない。じゃあ、この数字は何?
のが真っになりながら、通話を繋いだままスピーカーにし、震えるでアプリの取引細画面をいた。