"4000円を頼んだ私に、死んだはずの父から4000万円" 第7話
老は目を見き、言葉を失っていた。その顔には、自分が施しを与えようとした相から、真っ向から拒絶された富裕層の困惑が張り付いている。
「つだけ、答えてください」
私はえ切った指先で、テーブルの端をく掴んだ。
「もし……私がこの千万円を突き返して、あなたの遺産も、条の娘という肩も切らないと言ったら。それでもあなたは、私に会おうとしましたか?」
老はをきかけた。だが、その唇からは、何の音も漏れなかった。
数億の資産をかしてきた男が、ただのスーパーのパート従業員である娘の問いに、たった言も返せない。その沈黙が、すべてを物語っていた。
このは、おでしか償う方法をらないのだ。の自分の卑怯さを、札束で塗り潰してしたいだけなのだ。
「もう度と、私に連絡してこないでください」
私は踵を返した。背から、「奈……!」と掠れた老の呼び声が聞こえたが、度も振り返らなかった。
エレベーターをり、ホテルの回転ドアを抜けると、京のたいが全を吹き抜けた。体のが急速に奪われていく。膝が震えて、駅の植え込みの縁にへたり込みそうになるのを、必で堪えた。
横浜のアパートに戻ったのは、夜のを回った頃だった。
玄関をけると、使い古された汁と醤油の匂いが漂っていた。
狭い台所には、夫の悠が買ってきたのであろう、半額シールの貼られた惣菜のパックが並んでいる。
襖をけると、母は布団のに背筋を伸ばして座っていた。胸元に毛布を引き寄せ、まるで私の帰りをずっと待っていたかのように、じっと暗がりを見つめている。
「……ってきたのかい」
母の声はく、乾いていた。
私はバッグを畳のに置き、母の真正面に正座した。逃げるつもりはなかった。
「会ってきたよ。条正隆に」
母の肩が、ピクリとねた。だが、昨叫んだような取り乱し方はしなかった。ただ、く刻まれた目尻の皺をさらに険しくして、線を畳に落とす。
「あの男が、何を言った」
「病気だって。末期の膵臓がんで、もうくないって」
母の呼吸が瞬、止まった。ほんのわずか、老いた指先がシーツを握りしめたのを、私は見逃さなかった。だが、次の瞬には、吐き捨てるようなたい声に戻っていた。
「自業自得だよ。因果応報さ」
「お母さん」
私は母の目をまっすぐに見つめた。
「もう、誤魔化さないで。あのは言ってた。、条のがお母さんを認めなくて、私だけを戸籍に入れようとしたから、お母さんがって私を連れて逃げたって」
母は何も答えない。壁の古計の、コチコチという無質な秒針の音だけが響く。
「お母さんが私を守ろうとしてくれたのは分かった。
でも、なぜんだなんて嘘をついたの? あのお寺の納骨堂は、何だったの? 私、ずっと、自分には父親がいないとってきてきたんだよ!」
「……ったら、どうするつもりだったんだい!」
母が突然、顔をねげた。濁った瞳の奥に、激しいの炎が揺らめいている。
「あの男がきてるってったら、あんたは条のにきたがったかもしれないじゃないか! 持ちのお父さんがいるってったら、こんなボロアパートで、油の匂いにまみれて働く母親のことなんて、軽蔑したかもしれないじゃないか!」
「そんなわけないでしょう!?」
「分からないよ!」
母の声が裏返った。激しく喘ぎ、胸を押さえながら、絞りすように叫ぶ。
「あの男はね、あんたが歳のにも、歳のにも、を寄越してきたんだよ! 『奈の教育費をさせてくれ』『度会わせてくれ』って! そのたびに私は、全部送り返してやったさ! あんな酷なに、あんたを渡してたまるかってね!」
部の空気が、凍りついた。
……を、寄越していた?歳のも。歳のも。
「……全部、送り返したの?」
私の声が、微かに震えた。
「私に、言の相談もなく?」
母は唇を噛み締め、荒い息を吐きながら、線を逸らした。その頑なな横顔を見た瞬、私ので何かが崩れ落ちていく音がした。
守られていたとっていた。
貧しいけれど、母は私に嘘をつかない、真っ直ぐなだと信じていた。けれど、違った。