"4000円を頼んだ私に、死んだはずの父から4000万円" 第8話
母は、自分のプライドを守るために。自分が選んだ「貧しさ」を正当化するために、私の父親のを、私から完全に奪いっていたのだ。
「待ちなさい」
母は力のない取りでちがると、押し入れの襖をけた。番の袋から、埃をかぶった古い菓子の空き缶を取りし、畳のに置いた。錆びついた角缶の蓋をけると、には茶く変した何枚もの封筒が入っていた。
母はそのから、番にあった通を取りし、私のに突きした。
「見なさいよ。これが、あんたのお父さんの正体だよ」
震える指で、封筒を受け取った。差の欄には、あの達な文字で「条正隆」とかれている。封筒のには、ではなく、枚の写真が入っていた。
学の運会の写真だった。庭の隅で、体操着を着てっている歳の私。くから、望レンズで隠し撮りされたような粗い粒子。
その写真の裏に、万の青いインクで、丁寧に文字が記されていた。
『奈、るのが速くなったな。いつか、堂々と会えるを待っています。父より』
写真の角には、同封されていたのであろうの当座切を、母が激しく引きちぎった跡が残っていた。
喉の奥が、ぎゅっと締めつけられた。界が涙で滲んで、写真のの自分がぼやけていく。
「お母さん……」
私は写真を握りしめたまま、母を見げた。
「お母さんが、あのに傷つけられたのは分かった。お母さんが、必で私を育ててくれたのもってる。でもね……」
声が震えて、途切れ途切れになる。
「私がそのを読んで、どううかは……私が決めることだったんじゃないの? 傷つくとしても、軽蔑するとしても、それは私が向きうべき現実だったんじゃないの!?」
母は何も言い返さなかった。ただ、さく丸まった背を震わせ、畳のにぽたぽたと涙を落としていた。
「……私は、目隠しをされてきてきたのと同じだよ」
畳のに置かれた写真の裏の文字が、痛いほど私を責めてていた。
翌朝、私はいつものように朝に起きた。腫れた目をたいで洗い、作業着のにジャンパーを羽織る。卓には、昨夜の残りの噌汁と、えたご飯。母はまだ寝で横になっていたが、息遣いは落ち着いていた。
何も変わらない常。変わらないはずの朝。
午半、私は横浜内のスーパーのバックヤードにタイムカードを通した。い着に着替え、髪をネットのに完全に押し込み、マスクをつける。アルコールで入にを消毒し、フライヤーにを入れた。
ジュワジュワと油がねる音。ち込めるラードと麦の匂い。ジャガイモを潰し、をつけた挽肉とわせ、をつけて油のへ滑り込ませる。
「奈さん、今なんか元気ないね? お母さん、丈夫?」
隣でマカロニサラダをパックに詰めていたパート仲の佐藤さんが、配そうに声をかけてくれた。
「あ、うん。ちょっと昨、病院の付き添いで疲れちゃって。丈夫、はいてるから」
笑って誤魔化しながら、揚げ網を引きげる。こんがりときつねに揚がったコロッケ。個、円。個売れて、百円。これが私のきている世界だ。千万円の預通帳も、京のホテルのパノラマウィンドウも、全部いの来事のようにえた。
昼のピークが過ぎ、惣菜売りのガラスケースを拭いていた、午過ぎのことだった。
自ドアのく子音が鳴り、たい気が売りに流れ込んできた。何気なく顔をげた私は、わずを止めた。
スーパーの陳列棚の向こうから、らかにそのにそぐわない空気をまとった女性が歩いてきた。
齢は代の半、私よりし若いだろうか。仕ての良いキャメルのロングコートに、エルメスの細いスカーフ。入れのき届いたボブカットに、ぶりのパールのイヤリング。カゴも持たず、値引きシールの貼られた惣菜パックを、まるで潔な汚物でも見るような目で瞥しながら、まっすぐに私のつ揚げ物コーナーへとづいてくる。
女性は、ガラスケースのにち止まった。
ケース越しに、値札を見つめるふりをしながら、私に線を向けた。