みかん小説
本棚

"4000円を頼んだ私に、死んだはずの父から4000万円" 第11話

悠が病院に駆け込んできたのは、それから分のことだった。

作業着のあちこちに械油の黒い染みをつけたまま、肩で息をして待の廊をってきた。には、自販売で買ったのであろう、温かい缶コーヒーが本握られていた。

「奈! お母さんは……!?」

夫の擦れた声を聞いた瞬、張り詰めていたものが決壊しそうになった。ちがり、夫の腕にすがりつく。

「今……処置で、点滴と利尿剤の投与を受けてる。急性全の初期症状だったって……し処置が遅れてたら、肺にが溜まって危なかったって言われた」

悠はく息を吐きし、私の肩を力く抱き寄せた。

「にってよかった……本当によかった」

夫の胸から、慣れ親しんだ鉄と油の匂いがした。その匂いに触れた途端、え切っていたに、じわりと血が通っていくような覚を覚えた。差しされた缶コーヒーを受け取ると、のひらに確かな温もりが伝わってくる。

、処置の扉がき、担当の循環器内科医がてきた。医師はマスクを顎にずらし、私たちを招きした。

「急性増悪は、点滴治療でなんとかい止められました。現は般病棟のベッドで酸素吸入を受け、バイタルも落ち着いています」

「ありがとうございます……本当に、ありがとうございました」

私と悠は、揃って々とをげた。

だが、医師の表は決してるくはならなかった。

「ですが、ご族の方。厳しい現実をお話ししなければなりません」

医師は元のカルテをき、胸部レントゲンとエコーの画像を指差し板に映しした。

「臓の弁の化が、像以にしています。隙がわずか数ミリしかいていない。今回の発作は、その警告です。このまま内科な対症療法だけで引っ張るのは、もう限界です」

臓が、トクンと嫌なね方をした。

「……術、でしょうか」

「ご齢ですし、能もしています。胸をきく切りく術は、体力にお母様の体が耐えられないリスクがい。ですが、太ももの血管から細い管を通して弁を留置する『経カテーテル脈弁置換術(TAVI)』であれば、体への負担を最限に抑えて根治を目指せる能性があります」

「その治療を、受けさせてください!」

私のい気の言葉に、医師は静かに首を横に振った。

「希望すれば誰でも受けられるものではありません。解剖学な血管の太さ、化の分布、全状態の厳密な評価検討会をクリアして、初めて適応が決まります。から、そのための精密検査入院に入ります」

医師は鏡のブリッジを押しげ、まっすぐに私の目を見据えた。

「医学の適応基準というものは、絶対です。

いくらおを積んでも、基準を満たさない患者にメスを入れることはできません。まずは検査の結果を待ちましょう」

病へ通されると、母はに酸素カニューレを通し、図のモニターに繋がれた状態で眠っていた。規則な子音だけが、静かな個に響いている。

悠が、母の枕元に腰をろし、毛布の端をそっと直した。

「奈、今夜は俺がここに残るよ。お、顔が真っ青だ」

「ううん……私がいる。悠はもがあるでしょう」

「こんなに仕事のことなんか気にするな」

夫は静かに首を横に振った。その無骨な横顔を見つめながら、私は唇を噛んだ。昼、スーパーの惣菜売りで起きた来事が、喉元までかかっていた。けれど、それをにすることはできなかった。言えば、夫を無用に傷つける。条という名に、夫まで巻き込んでしまう。

その、ベッドのの母が、かすかにじろぎをした。

「……奈」

酸素マスクの隙から、々しい呼気が漏れた。

「お母さん! 気がついたの?」

母の濁った瞳が、ゆっくりと焦点を結び、私と悠の顔を交互に見つめた。そして、点滴の針が刺さったを、おぼつかないつきで持ちげようとした。私はそのを慌てて両で包み込んだ。

「喋っちゃだめ。先が、静にしてなきゃいけないって」

母はさく首を横に振った。

そして、掠れた、けれど芯の通った声で、ぽつりと言った。

「……に、誰か来ただろう」

私の臓が、ねがった。

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: