"「本当の父親です」と乾杯した夫、148万円の請求書には知らん顔" 第5話
ネクタイを締め直しながら、帳を確認している。
その顔には、昨夜の絶望のは消えり、傲な営業部の笑みが戻っていた。
「……何よ、急に嫌が直って」
社の玄関で、私がややかに声をかけると、夫はネクタイの結び目をくいっと持ちげ、勝ち誇ったように元を歪めた。
「おがいくらケチな真似をして俺を困らせようとしてもな、男には仕事があるんだよ」
「仕事?」
「ああ。今度の社運を賭けた、の精密加コンソーシアムの型設備更プロジェクトだ。総額で数億規模の案件になる。これをまとめげれば、俺の次期役員昇格は確実だ」
夫が勤める産業器商社が、刈・周辺の自系部品数社を束ね、最の軸加や複作械を括導入・リプレイスする型案件をめていることは、同業の端くれにいる私もうっすらとにしていた。
「……それがどうしたの?」
「どうしたの、じゃないだろ。そのプロジェクトを主導しているキーマンが誰か、おってるのか?」
夫は帳をパチンと閉じ、私の顔のに突きつけてきた。
「藤沢精の、藤沢隆社リーダーだよ」
臓が、かすかにたい音をてた。
藤沢隆。父の古希祝いの席に、作業着ではなく仕てのいい紺のスーツを着て、静かに座っていた男性だ。父がまだ現役でバリバリを回していた、み込み同然で技術を叩き込まれていた、父の番弟子。
今や刈でも数の精密加企業へと会社を成させ、域のモノづくりネットワークのリーダー役を務めている物だ。
「藤沢社が、今回の案件の調達選定の全権を握ってるんだ。その藤沢さんが、先の古希祝いに来てくれただろ? あれでお、俺がどれだけ顔が利くか分かったろ」
「……何言ってるの? 藤沢さんは、お父さんのお祝いに来てくれたのよ。あなたの脈じゃないわ」
「同じことだろ!」
夫は呆れたように笑いした。
「藤沢社は親父さんの弟子だ。親父さんの娘婿である俺の頼みを無にするわけがない。あの席で俺が司会をやって、親父さんを『本当の父親のようだ』とててやったんだ。藤沢社も、俺の器のきさをしっかり見てたはずだ。148万の宴会代? い先投資だったよ。おが払ったんだから、実質俺の持ちしはゼロだしな」
言葉を失った。
りよりも先に、底れない嫌悪が胃の底からせりがってくる。この男は、148万円を私に押し付けたことすら、営業のための『タダ乗り』として自己正当化しているのだ。
「じゃあな。今夜は祝杯の準備でもしとけよ」
夫は嫌で玄関のドアノブにをかけた。
そのだった。夫のスーツの内ポケットで、スマートフォンの着信音が鳴った。画面を確認した夫の目が、歓に見かれる。
「ほら見ろ! 藤沢精からだ!」
夫は咳払いをつし、威厳を取り繕った声で話にた。
「あ、もしもし! 藤沢精様、佐伯でございます! いつもお世話になっております! ……え? はい、の予定だったプロジェクト説会ですか? ……ええ、ええ! 本の午に倒しで? 勿論でございます! 資料は完璧に揃っておりますので! はい、失礼いたします!」
通話を切った夫は、拳をに突きげた。
「聞いたか真由美! 説会が倒しになった! 相から急いで会いたいって言ってきたんだよ! もう内定をしたくてたまらないんだろ!」
夫は私の返事も待たず、勢いよくドアをけて駆けしていった。階段をリズミカルに駆けりていく音が、静かなエントランスに響く。
私は暗い玄関に、ち尽くしていた。
藤沢隆というを、私は子どもの頃からっている。父の作業で、が油で真っ黒になるまで真鍮を削り、父の厳しい声にも決して目を逸らさず、ただひたすらに精度を追い求めていただ。嘘や虚飾、のないおべっかを、何よりも嫌う本物の職だ。
その藤沢さんが、寿宴の席で夫が見せたあの軽なスピーチと、の褌で相撲を取るような態度を、見抜いていないはずがない。
ポケットので、私のスマートフォンがく震えた。見ると、今ていったばかりの夫からのメッセージが表示されていた。