"妻を平手打ちした夫が、30分後「娘には言うな」と懇願した" 第19話
その双眸には、涙の粒もなかった。ただ、燃え盛るような軽蔑と、絶対な拒絶だけが宿っていた。
「私の名を、度とからさないで」
く、押し殺した、だが部の隅々まで突き刺さる声だった。
浩が息を呑み、怯えたようにを引く。「ゆ、結……?」
「私の将来に傷がつく? 相のにどうわれるか?」結の元に、酷な笑みが浮かんだ。「私の結婚を配する振りをして、自分が世からろ指を指されたくないだけでしょ。どこまで浅ましいの?」
「結、俺はおのことをって――」
「ってない!」結の声が鋭く張り詰めた。「お父さんがっているのは、いつだって『自の娘を持つ、派な俺』だけでしょ! お父さんは私をしてたんじゃない。自分の社会ステータスを飾るための、級なトロフィーとして私を見ていただけよ!」
浩の顔から、完全に表が抜け落ちた。
「私はね、お母さんが殴られたあの、決めたの」結は歩も引かず、父親の目を射抜いたまま言い放った。「もし将来、私の結婚相やその族が、『母親が理尽な暴力から逃れるために戦ったこと』を理由に私を拒絶するようななら、そんな、こっちから願いげよ。お母さんが自分の尊厳を取り戻すことより切な世体なんて、この世につもない!」
部のが、を打ったように静まり返った。
栗原弁護士が、静かに元のボールペンを置いた。結の呼吸だけが、さく、規則正しく響いている。
私は、息を呑んでち尽くす浩に向き直った。の奥の属音は、もう消えかけていた。代わりに、言えなかった、言おうとすらわなかった言葉が、澄み切ったのように元へってきた。
「浩さん」
男が、すがるような目で私を見た。
「あなたはさっきから、会社を壊された、庭を壊されたと、私や川さんのせいばかりにしていますね」
「美紀……」
「でもね、違うのよ」
私は、テーブルのに置かれた婚協議に、迷うことなくを伸ばした。鞄から取りした実印を、指先で確かめる。
「族を壊したくないなら、最初から族を傷つけるべきじゃなかったのよ」
浩の喉から、ヒッと引きつった音が漏れた。
「私を殴った、あなたは族を捨てたの。川さんとベッドに入った、あなたは結を裏切ったの。自分が蒔いた種が芽を吹いて、自分の首を絞めているだけ。……私たちを、あなたの勝な破滅の連れにしないで」
私はの署名欄に、淀みない跡で『佐藤美紀』と署名した。そして、朱肉をたっぷりつけた実印を、力く押し込んだ。
赤い印が、真っなのに鮮に浮かびがる。
「……結」浩が、最に残された蜘蛛の糸を掴むように、娘へを伸ばしかけた。
だが、結はそのを線だけで切り裂いた。
「さようなら、佐藤浩さん」結は事務に告げた。「度と、私のに関わらないで」
浩のが、力なくテーブルのに落ちた。男はもう、何も言わなかった。震えるでペンを取り、擦れたインクで、自らの名をにき殴った。その印鑑を押す音が、さく、虚しく、部のに響いた。
がけた。乾いたのが、の梢を激しく揺らしていた。
役所の窓で続きを終えた私の元には、しく作られた民票の写しがあった。
『及川美紀』旧姓に戻った私の名が、番に印刷されている。佐藤浩の名も、あの息の詰まるような義母の名も、そこには文字もしなかった。
浩はその、方の物流子会社への向が決まり、で関の営業所へ転勤していったという。あの郊の百平米の戸建て宅は、産会社を通じて任売却の続きがめられており、までにはのに渡る。義母の芳は、息子の向先についていくこともできず、親戚筋に泣きついたものの、あの親族LINEでの騒が尾を引いて誰からも同居を拒まれ、最終には自のの範囲で入れる民の齢者宅へ移りむことになった。
川莉奈は、社内でのを失い、け々に依願退職したと聞いた。
私に対する慰謝料の支払いのため、親にをげて借をしたという噂が、直子の経由で届いたが、それ以の方は誰もらないし、る必もなかった。