"白いメットと二十二年の嘘" 第1話
曜の朝特の、どこか弛緩した静寂が台所を包んでいた。
階の階段を駆けりてきた息子の陸は、スニーカーの踵をトントンと玄関で鳴らしながら、「母さん、ってくる。夜は美咲と飯ってくるからいらない」とだけ言い残し、気よい属音をててドアを閉めた。
歳になった陸の背は、いつのにか父親のそれを追い越し、肩幅もずいぶんと広くなっていた。彼がてったの玄関には、若者らしいシトラス系の微かな残りと、え込み始めたの乾いた空気が漂っていた。
真奈美は洗面台の鏡に向かい、くリップクリームを塗った。
目尻のじわに線を落とすが、指先でそれを伸ばそうとはしなかった。歳。若作りに狂奔するでもなく、かといって老け込むにはまだい。ただ、々のパートと事の繰り返しので、自分という輪郭がしずつ擦り切れていくような覚だけが、皮膚の奥に澱のように沈殿していた。
階段を軋ませて、夫の浩之がりてきたのはをし回った頃だった。
昨晩も遅くまでリビングで缶ビールを煽りながら、テレビのバラエティ番組を眺めていた男だ。
ね癖のついた髪混じりの髪をボリボリと掻き、のスウェットの裾から突きた腹を無造作に撫でている。
歳。堅の宅設備メーカーで営業課を務める浩之は、では当たりの良い頼れる司を演じているが、庭の内側に入れば、すべての気遣いを脱ぎ捨てた抜け殻のようになる。
「なあ、真奈美」
リビングのソファに倒れ込み、スマホの画面に線を落としたまま、浩之が言った。
「モスべたくない?」
真奈美はシンクに置かれたマグカップをスポンジで擦るを止めなかった。流の音に紛れさせながら、さく息を吸い込む。
「……そうね。うん、いいよ。掛けよう」
「じゃ、すぐ着替えろよ。オニポテもいたいな」
浩之は弾むような取りで階へ戻っていった。嫌が良いの浩之は、いつもこうだ。誰に気兼ねすることもなく、自分のいつきがそのまま族の予定になると信じて疑わない。
真奈美はエプロンをし、ハンガーからベージュのカーディガンを取った。バッグのに財布とハンカチ、そしてスマートフォンが入っていることを指先で確かめる。
そのスマートフォンのメモアプリの奥くには、過ヶにわたって記録された幾もの付と距、そしてある女性の名が保されていた。
で分ほどの国沿いにあるモスバーガーは、週末のブランチを楽しむ族連れやカップルで賑わっていた。
浩之はカウンターでテキパキと注文を済ませ、トレイを両に持って窓際のボックス席へと歩いた。
モスバーガーのクラシックなバーガーにオニポテセット、それにアイスコーヒー。真奈美はテリヤキチキンバーガーと温かい茶を選んでいた。
ガラス越しには、の青空がどこまでもく広がっている。杏並がわずかに黄くづき始め、が吹くたびに葉がさく揺れていた。
浩之は包みをけ、ソースのたっぷりかかったハンバーガーにでかぶりついた。元についたソースをナプキンで拭いながら、満げに喉を鳴らす。
「やっぱモスはうまいな。マックとは肉のみが違うよ」
「そうね」
「陸のやつ、もうかけたのか? 彼女とばっかり遊んでないで、たまには親父とキャッチボールでもすりゃいいのに」
「もう学よ。今さらキャッチボールなんてするわけないじゃない」
「ちぇっ、げがねえな」
浩之はアイスコーヒーのストローを鳴らしながら、ふといついたように目を細めた。その目つきは、彼が仕事できな案件をいついたや、しい趣の具をに入れたと同じ、独特の無邪気なを帯びていた。
「なあ、真奈美。涼しくなったらさ、久しぶりに野辺りまでツーリングしない? お、この緒にけなかったからさ」
浩之の趣は、型バイクでのツーリングだった。結婚当初から乗っていたが、を過ぎてからが再燃し、型輪免許を取って百シーシーのツアラーをローンで購入した。