"夫の親孝行は、私の持ち家でした" 第1話
「様、ご自宅の売却査定の件で、所者様ご本への最終確認をといまして……」
曜の午分。 方物流会社の事務所に響く伝票印刷の連続音を割いて、受話器から流れてきたその声に、私の元で赤ペンが止まった。
声の主は、内の産仲介業者の営業担当を名乗る男だった。 を疑うとはこういうことか、と乾いたのどこかでう。 私はさく息を吸い込み、デスクのの次決算シートから線をげずに答えた。
「売却? そのようなお話は、度もめておりませんが」
受話器の向こうで、担当者が目に見えて狼狽するのが気配でわかった。
「えっ……しかし、ご主の修様からは、奥様のご承もすでにいただいており、今週にも専任媒介契約の続きにみたいと伺っておりまして。すでに隣相から算した机査定額、約千百万円という数字もご提示済みです」
喉の奥が、砂をみ込んだようにざらりと渇く。 臓の鼓が気にねがり、こめかみの奥でドクドクと血が暴れる覚がした。 だが、その揺は瞬で引いていく。 以、物流会社で円の狂いも許されない経理畑を歩んできた私の徹な理性が、即座に防態勢に入った。
……は? 千百万円? 私の同を得ている、だと?
「千葉さん、とおっしゃいましたね」
ペンを置き、子の背もたれに体を預けながら、声のトーンを図にワントーン落とす。
「はっきり申しげます。私はあのを売る気など微もありません。夫に代理権を与えた事実も切ありません」
「ですが、ご主は『名義は妻だが実質には族のものだから話はついている』と……」
「産の取引において『実質』などという曖昧な言葉が通用しないことくらい、プロのあなたならごのはずです」
私のえ切った指摘に、話の向こうで類が激しく擦れる音がした。
「あのは、私が結婚に単独で購入し、独代に完済した私固の財産です。登記事項証を確認されましたか? 夫の持ち分は厘も入っていません」
「も、申し訳ございません。ご主があまりにも確信を持ってめていらっしゃったので、事確認のつもりでして……」
「今すぐ査定および媒介の続きをすべて凍結してください。それから、本のこの通話内容――所者である私が売却のを確に拒絶したという事実を、そちらの社内管理システムに必ず履歴として残してください」
「かしこまりました。すぐに処理を止し、履歴を保いたします!」
受話器を静かに置く。 カチャリといういプラスチックの音が、事務所の喧騒に吸い込まれて消えた。
スマートフォンの黒い画面を見つめながら、私はゆっくりと息を吐きした。
震えそうになる指先を机のでく握りしめる。 りではない。 底えするような警戒が、背筋をいがっていた。
夫の修、歳。 堅の建材メーカーで営業課を務めている。 面は当たりがよく、親戚や所付きいでは常に「気の利く派な男」を演じたがる男だ。 だがその実態は、収に見わない見栄を張り、実の問題になると途端に言壮語を吐く悪癖があった。
あの階建ての戸建て宅は、私が代の半ば、がむしゃらに働いてに入れただ。 当勤めていた品加の与細とにらめっこしながら、贅沢をすべて削ぎ落とし、ボーナスをすべて繰りげ返済に注ぎ込んで、代半で完済した。 の軋みひとつ、向きの窓から入る差しの角度ひとつまで、私が流した汗との結晶なのだ。
、修と結婚したとき、夫は「持ちがあるなんて頼もしいな」と笑っていた。 それから以、固定資産税も修繕積も、すべて私の座から引き落とされている。
その私のを、あの男は自分の名で勝に査定にした。 それも、千百万円という具体な数字までして。
引きしの奥から帳を取りし、今の通話と担当者名、査定額を細かくメモする。 問い詰めるのは今ではない。
敵がどこまで勝な絵図を描いているのか、その全貌を把握するに騒ぎてるのは、番愚かなの打ち方だ。