"結婚3週間前、私のマンションを「弟に10%譲れ」と言った婚約者" 第10話
文字を見た瞬、私の全の血液が、沸騰するような気へと変貌した。
80万円。匠の座番号と、きで記された「返済」の文字。
――弟の顔をててやりたい。――男として何かしてやりたい。
匠が吐いたあの言葉のすべてが、どす黒い汚となって脳裏に蘇った。あいつは弟を助けたい善の兄などではなかった。健太に貸し付けた80万円を回収するために、私のを弟に切り売りさせ、業者に売却させて換させようとしていたのだ。
自分の懐を痛めず、弟の借を帳消しにし、さらに自分が過に貸したまで、私のを担保にして綺麗サッパリ回収する。弟を救う美談の裏で、婚約者の資産を換装置として利用し、ちゃっかり自分の取り分を確保していた男。
「……最を通り越して、ただの犯罪者ね」
私はスマートフォンの画面を指先でなぞりながら、暗ので静かに呟いた。震えは微もなかった。胸の奥に灯ったのは、正午、あの料亭の座敷で、この腐りきった寄虫どもの息の根を完全に止めるための、絶対な処刑宣告の鐘の音だった。
曜の午半。初のたいが吹き抜ける駅のロータリーを抜け、私は料亭「松」のなをくぐった。にした黒い革のバッグのには、昨夜美穗から送られてきた資料を印刷したクリアファイルが、狂いなく収まっている。
A4用数枚のみは、私の胸元でたい鉄板のような応えを放っていた。
料亭の玄関先で、すでに到着していた父と流した。父は濃紺のスーツをに纏い、背筋を微も崩さずにっていた。私の顔を見ると、さく度だけ頷く。「準備はできているな」「ええ。全部、揃っているわ」「よし。になる必はない。ただ事実を並べ、相のをつずつしてやればいい」く落ち着いた父の声が、胸の奥の緊張をよくやしていく。私たちは仲居の案内に従い、静まり返った畳敷きの廊を奥へとんだ。
案内されたのは、坪庭に面した畳ほどの格式いれの個だった。引き戸をけると、すでに杉側の面々が揃っていた。座にい位置に義母の恵子が、その隣にどこか気まずそうに線を落とす親族の叔父が座っている。座側には、アイロンの効いたスーツを着た匠と、顔を気にした健太。そして、健太の隣には、昨私と会ったと同じ凛とした姿勢のまま、微だにしない川美穗が腰掛けていた。
「あら、里奈さん、お父様。よくいらしてくださいましたわ」恵子がわざとらしいほどの笑みを顔面に貼り付け、座布団から膝を浮かせてをげた。着物姿で良の母を演じようとしているが、その瞳の奥には隠しきれない値踏みのがぎらついている。
「今はお忙しいところ、わざわざありがとうございます。さあ、どうぞお座りになって」
私と父は無言で会釈を返し、勧められた席に腰をろした。匠がすかさず、事に練習してきたかのような殊勝な表を作り、両を畳について父へ向かってくをげた。
「お父さん、この度は僕の配慮のせいで、里奈とご族になご配をおかけして本当に申し訳ありませんでした。すべては、兄として未熟な弟をいやるあまり、先ってしまった僕の失態です。どうか、今ここで腹を割って話しい、の関係を元に戻すお許しをいただきたいとっています」
澱みなく流れる謝罪の言葉。自分を「器用だが優しい兄」という全帯に巧妙に置き、問題の本質を単なる言葉の綾へとすり替えようとする、完璧に計算されたパフォーマンスだった。恵子もすぐにハンカチを目元に当て、追従するように声を震わせる。
「本当にその通りなんですのよ、お父様。匠は父親をくにくしてから、ずっと族の黒柱として健太の面倒を見てきた子なんです。健太も来おめでたい席を控えておりますし、向こう様のお柄をえば、しでも格好をつけてやりたいとうのが男親代わりの兄というものでしょう? 里奈さんの名義をしだけお借りしたいとお願いしたのは、決して悪気があってのことではないんです」