"五十七回の夜と、四十七枚の告発" 第8話
私はその細かなきの指示をしばらくじっと見つめ、それからその頁の端を摘み、真んでつに折り畳み、さらにつに折り畳んで、机のに置いた。破り捨てることはしなかった。
そして、頁目の「梅シロップの牛肉煮込み」の文字へと目を戻した。
『に収穫された青梅を選び、然塩に漬けてアクを完全に抜くこと』 『牛バラ肉はセンチ角に切り分け、沸騰した湯で表面のが変わるまで茹でこぼしたのち、温糖を絡めてキャラメリゼすること』
この料理を、私は加亭の厨で、毎欠かさず作り続けてきたのだった。
を訪れる客ののうちはこの料理を注文し、そのを求めて再び簾をくぐった。
創業当初、健はこの料理を「の最の武器だ」「うちのの宝物だ」と誇らしげに周囲に自していた。しかしがきくなるにつれて、彼のからその言葉は聞かれなくなった。
いつしか彼は、取引先の社やをに連れてきた際、「これがうちの加亭の板メニューです。肉がのでとろける秘伝の梅シロップ煮込みですよ」と紹介するようになった。
「が発した」「妻が作っている」という主語は完全に削ぎ落とされ、まるでその料理が加亭という空から自然発したかのように語るのだった。
私は帳の頁をろへとめくっていった。
どの頁にも、私のによるレシピがびっしりとき込まれていた。付が記されているものもあれば、何度も赤ペンで打ち消し線が引かれ、き直された痕跡が残るものもあった。
調料の配比率を数回、には百回以も微調した末に、ようやく完成させたの記録だった。
健は、この帳のを度も見たことがなかった。彼は料理を作らないため、皿のに載った完成品が美しく盛り付けられ、客が「うまい」とんでを払えば、それで料理のすべてが完結しているとい込んでいたのだ。
私は帳を閉じ、再び枕のへと滑り込ませてから窓辺へと歩み寄った。
窓をしだけけると、の空気はすでに夕方の気を帯びていた。隣のビルの赤レンガの壁には、どこかの部の窓から漏れる黄い灯のが角く落ちていた。
く息を吸い込むと、排気ダクトの油の匂いに混じって、どこかの庭が夕飯を調理する美しそうな匂いが漂ってきた。豚肉と玉ねぎを姜醤油で炒めている匂いだった。
の奥がツンと刺激されたが、それはしみによるものではなく、純粋な空腹によるものだった。私は窓を閉め、机ののスマートフォンをに取った。
その、玄関のドアからノックの音が聞こえた。
先刻の健のような乱暴な叩き方ではなかった。ト、ト、ト、と、定のリズムを保ちながら非常に慎に回叩かれ、数秒の静寂を置いて、再び回叩かれた。
「……お姉さん、いらっしゃいますか?」
秘の声だった。私はベッドの脇にったまま、スマートフォンの角を指先でく握りしめ、じろぎつしなかった。
「お姉さん、にいらっしゃるのは分かっています。健お兄さんに頼まれて、様子を見に来たんです。お姉さんがひどく落ち込んでいるようだから、私から声をかけて元気づけてあげてほしいって言われまして……」
彼女の声はどこまでも甘く、相の嫌を伺うような猫撫で声で、普段で私に話しかけてくるときと何つ変わっていなかった。
「ドアをけていただけませんか? お姉さんが昔好きだって言っていたおの、かぼちゃのおかゆを買ってきたんです。温かいうちにべていただきたくて」
私が好きなおかゆの。彼女がそのの名をっている理由はだった。健が彼女に話したのだ。
私は携帯話を机のに置き、無音の取りでドアへとづいた。ドアノブにを触れさせたが、回転させることはしなかった。
「お姉さん?」
私はドアのすぐ内側にっていた。板枚を隔てたわずか数センチの距から、彼女の微かな擦れの音や、プラスチックのレジ袋がカサカサと鳴る音が瞭に伝わってきた。
「お姉さんのお気持ちが混乱しているのは、私にもよく分かります。