"売却済みの洋食店で、女将ごっこをする女" 第2話
玲奈はそのエプロンの紐を背でキュッと結び直し、ホールスタッフの織に向かって甲い声を響かせていた。
「さん、今のランチの予約席、窓際にしておいてくれた? インスタのフォロワーさんが来てくださるから、写真映えする席がいいの」
歳になるベテランのは、い表のまま伝票を握りしめていた。
「……原田さん。ランチの予約は、常連の鈴様が先週から窓際をご希望されていますが」
「鈴さんって、あのいつもコーヒー杯で粘るおじいさんでしょ?」
玲奈は悪びれもせず、ふわりとパーマのかかった髪をかきげた。
「これからは若い客層を呼んで、客単価をげなきゃいけないの。浩司さん……じゃなくて、マスターとも昨夜、そういう方針で話がついたから。臨応変にお願いね」
マスター。 その呼び方に、隠しきれない親密さが滲みている。
が唇を噛みしめ、それ以反論できずにいると、客席の奥からパタパタと音がづいてきた。
義母の幸子だった。 歳になってもなお、髪を筋の乱れもなく結いげ、背筋を伸ばしている。 かつて先代の夫が切り盛りしていたこのを、「自分の」だと信じて疑わない。
幸子は玲奈のエプロン姿を見ると、目を細めて満そうに頷いた。
「よく似っているわよ、玲奈さん。
やっぱりには、華がなきゃね。どこかの誰かさんみたいに、奥で帳簿ばかり睨んで気な顔をしている女じゃ、せっかくの料理もくなるってもんだわ」
誰かさん――私のことだ。
玲奈は嬉しそうに頬を染め、幸子の元に寄り添った。
「お義母様、ありがとうございます。私、浩司さんを全力で支えますね。今から、この瀬亭のしい顔として頑張りますから」
「ええ、頼んだわよ。浩司もようやく、肩の荷がりたって言ってたわ。あの子は昔から優しいから、あの女を邪険にできなかっただけなのよ。今からは、本当の瀬亭の始まりね」
の会話を、厨の奥から老料理の本が、腕を組んだままじっと見つめていた。 歳。先代の代から厨を守り続けてきた男の目は、恐ろしいほどえ切っていた。
そこへ、厨の奥からいコックコートにを包んだ浩司が現れた。 昨のくたびれたスーツ姿とは違い、胸を張り、いかにも「老舗の代目オーナーシェフ」といった威厳を取り繕っている。
「みんな、を止めてくれ」
浩司がをパンと叩いた。
仕込みをしていた若のが止まる。 浩司は満そうに内を見渡し、玲奈の肩に自然な仕でを置いた。
「っている者もいるとうが、美緒とは昨、正式に婚の続きを終えた。、の事務を伝ってもらっていたが、これからは完全に俺たちのでしい瀬亭を作っていく」
伝ってもらっていた。 その言葉を聞いた瞬、私はの入ので、たいものが背筋を駆けがるのをじた。
、先代の放漫経営とバブルの遺症で、このが億単位の借を抱えて破産寸になったとき。 自宅を差し押さえられ、座をして泣きついてきたのは誰だったか。
私のき父が遺してくれた資産を注ぎ込み、別法をちげて商号と設備を買い取り、債権者と血のにじむような交渉をねてを救ったのは、体誰だったのか。
浩司のでは、それらすべてが「嫁に事務を伝ってもらっていた」という都のいい記憶に塗り替えられていた。
「これからは、玲奈が女将として現の指揮を執る」
浩司が得げに宣言した。
「宣伝も、接客も、すべてする。昔からのを守りつつ、しい代にわせたにするぞ。みんな、玲奈の指示に従ってくれ」
玲奈が歩にて、完璧な営業用の笑顔をスタッフたちに向けた。
「至らない点もあるかといますが、浩司さんと脚で、この伝統ある瀬亭を盛りてていきたいとっています。皆さん、今からよろしくお願いいたします」
々とをげる玲奈。 幸子が惜しみない拍を送る。 若いアルバイトの数が、戸惑いながらさくを叩いた。
は拍をしなかった。
本もまた、かなかった。
静まり返った内に、カランコロン、とドアベルの乾いた属音が響いた。