"売却済みの洋食店で、女将ごっこをする女" 第13話
「エム・フーズ側は、この額を括返還すること、および今切『瀬亭』の名称を用いた営業活をわないことを条件に、刑事告訴を見送るを提示しています。浩司氏はすでに署名せざるを得なかったようです」
「そう」
私は元のたい緑茶を含んだ。
「浩司さんには、払えるの?」
「個の貯はほとんど底をついていたようですが、義母の幸子氏が定期預を解約して面したと聞いています。母親の老資までいつぶした形ですね」
指先が微かに温かくなった。驚きはなかった。の褌で相撲を取り、見栄のためにき急いできた男の、あまりにも順当な末だった。
かつては「うちの息子は老舗の代目」と所に触れ回っていた幸子。その母親が、息子の横領の尻拭いのために虎の子の通帳を差しす屈辱。像するだけで、乾いた笑いが胸の奥をかすめた。
「それから、美緒さん」
井が別のファイルを差しした。株式譲渡代の最終着証。税を差し引いても、私がこれからできていくには分すぎる数字が、通帳の写しに印字されていた。
「これで、あなたと株式会社瀬企画、およびとの銭な関係は、円の狂いもなく清算されました」
「ありがとうございました、井先」
私はくをげた。
類をバッグに収め、事務所をる。の陽射しが、ビルのに真っ直ぐなを落としていた。
そのの午、私は駅の喫茶にいた。
指定された窓際の席で待っていると、自ドアがき、りでづいてくる音が聞こえた。
原田玲奈だった。
黒いウールのコートにを包み、ノーメイクにい顔には気がなかった。あの傲にパーマを揺らしていた髪は、ろで無造作に束ねられている。
「……さん」
玲奈は私の向かいの席にち、消え入りそうな声でをげた。
「座って」
私がく促すと、玲奈は恐る恐る子に腰をろした。元の皮のバッグを、壊れ物を抱くように胸ので抱きしめている。
「エム・フーズとの業務委託契約、昨付で正式に解除されました」
玲奈は膝ので指を絡め、俯いたまま切りした。
「違約は……請求されませんでした。黒田社から、『あなたはただ利用されただけ。ただし、今は度と関わらないように』と」
「そう。良かったじゃない」
私の平坦な声に、玲奈がビクッと肩を揺らした。そして、すがるように顔をげた。その目には、滲みるような涙が溜まっていた。
「私……本当にらなかったんです」
玲奈の声が震え始めた。
「浩司さんが、あそこまで卑怯なだなんてわなかった。私、本当に浩司さんを信じて……あのが奥さんに虐げられてるって言うから、支えてあげたいって……私だって、被害者なんです」
被害者。その言葉が玲奈のから滑り落ちた瞬、私の喉の奥がすっとえた。
「私に謝るなら、浩司さんに騙されたことを理由にしないでください」
私の声はく、かった。
玲奈が息を呑み、言葉を失う。
「彼が既婚者だとりながら、関係を持ったのは誰?」
「それは……」
「浩司さんの言葉を都よく信じて、の庭のに自分の居所を作ろうとしたのは、あなた自の欲望よ」
私は玲奈の目を、瞬きもせずに見据えた。
「『騙されていたから無罪』なんて甘えは、社会では通らないわ。あなたはその浅はかさで、自分の仕事も、信用も、も失ったの。それを誰かのせいにして泣くのは、おやめなさい」
玲奈の唇が、刻みに震えた。ポロポロと頬を伝って落ちる涙を、拭おうともしない。
反論の言葉は、もうどこにも残っていなかった。自分が犯した愚かさの正体を、ならぬ「奪おうとした相」から正確に解剖され、突きつけられたのだから。
「……すみませんでした」
玲奈はく、テーブルに額がつくほどをげた。
「もう度と、さんにも、瀬亭にもづきません」
「ええ。そうしてください」
私は伝票をに取り、席をった。振り返ることはしなかった。泣き崩れる若い女の姿は、私の界の隅にすら残らなかった。
夜になり、たいがり始めた。
しく借りた賃貸マンションの部は、まだ段ボールがいくつか積まれていたが、驚くほど静かだった。