"娘が義母に叩かれた日、娘婿はケーキで済ませようとした" 第1話
乾いた破裂音が、玄関のい扉の隙から漏れ聞こえた。
肉を平で薙ぎ払う、々しくい音だった。
「あんな貧乏な母親、度と呼ばないで!」
甲い罵声が、夕暮れの静まり返った宅の空気を切り裂く。 数秒まで、私はただ駄箱のに置き忘れた財布を取りに戻っただけの、の抜けた母親のはずだった。
しだけいた扉の隙に指をかけ、音をてずに押し広げる。
線の先、がりかまちに倒れ込みそうになりながら、美咲が頬を押さえていた。 指の隙から覗く肌が、みるみるうちに赤黒く腫れがっていく。 呼吸を忘れたように刻みに震え、の点を見つめていた。
その目のに、腕を振りげたまま肩で息をしている典子さんの姿があった。 歳とはえないほどの、剥きしの敵。
「ちょっと、美咲……」
私が靴を脱ぎながらく声を落とすと、のきが凍りついた。
典子さんが弾かれたように振り返る。 私の姿を認めた瞬、その顔からさっと血の気が引き、次に侮蔑と揺が入り混じった歪な表へと変わった。
「な、何よ……いつからそこにいたのよ」
私は典子さんの問いに答えず、線すらわせなかった。 鳴りつける気も、胸ぐらを掴む気もない。 そんな無駄な量を使う相ではない。
まっすぐに娘の元へ歩み寄り、たく張ったその細い肩を抱き寄せた。
「美咲」
「……お母さん」
「頬以に、痛むところは?」
私の声に、美咲の瞳から張り詰めていた糸がふつりと切れた。 だが、涙はこぼれなかった。 の忍耐が、この子の泣き方すら奪っていた。
「頬だけ。丈夫……」
震える声でそう答えた娘の横から、典子さんが切り声をげた。
「文子さん、誤解しないでちょうだい! この子が急に私を追いすような無礼なことを言うから、親としてし躾をしてやっただけよ!」
「今はあなたに聞いていません」
私は振り返りもせず、氷のような声で言だけ返した。 典子さんが息を呑み、言葉を詰まらせる気配が背に刺さる。
私は娘の目をじっと覗き込んだ。 腫れがった頬。見かれた瞳の奥に、怯えではなく、え切った決断のが灯っているのを確かめる。
「美咲。今、ここに残る?」
美咲はさく、だが確に首を横に振った。
「残らない」
「そう。……める?」
私の最の問いに、美咲は度だけく目を閉じ、く息を吸い込んだ。 こので耐え忍んできたヶの屈辱。 夫への最の期待。 それらすべてを断ち切るように、娘は力く頷いた。
「お願い」
私はポケットからスマートフォンを取りし、縮ダイヤルをタップした。 コール音は度きりだった。
「佐藤、計画どおりめて」
「承いたしました」
通話はわずか秒。 画面を落とし、私は娘にを貸してちがらせた。
典子さんが狼狽しながら、私たちのに割って入ろうとする。
「な、何なのよ今の話は! 誰に何を指図してるのよ!」
「娘がずっとから用していた続きです」
「は? 続き? 何のよ! でもする気? どこへこうと直の許がいるのよ!」
「ここは私のです」
美咲が、腫れた頬からをし、典子さんをまっすぐに見据えて言った。 声は掠れていたが、ミリの揺らぎもなかった。
「にます。鍵は返しません。そののことは、弁護士を通してお話しします」
「べ、弁護士……? 何をげさなことを言ってるのよ! 親子のちょっとした諍いじゃないの!」
「げさかどうかを決めるのは、をげた側ではありません」
私の言葉に、典子さんは縛りに遭ったようにち尽くした。
「美咲、最限必なものだけ鞄に入れなさい」
「うん」
美咲は振り返らずに寝へと向かった。 私は玄関ホールにち、典子さんのきを線だけで制した。 典子さんは悔しそうに爪を噛み、リビングの入りでおろおろと線を泳がせている。
数分、美咲は仕事用のノートパソコンと、数分の着替えを詰めた黒いリュックサックを背負って戻ってきた。 その腕には、登記簿謄本の写しや専用通帳が入った類ケースがしっかりと抱えられていた。
半から、この子は自分の尊厳を守るための武器を、誰にも気づかれぬよう磨き続けていたのだ。