"娘が義母に叩かれた日、娘婿はケーキで済ませようとした" 第8話
居のこたつに入り込んだ典子さんが、受話器を握りしめて親戚に話をかけていたのだ。
『ええ、そうなのよ! あの嫁、急に弁護士なんてててきてね! 母親の入れ恵に決まってるわ! 貧乏のくせに、直の稼ぎで買ったを乗っ取る気なのよ!』
その声を聞いた瞬、直さんの脳内で何かがプツリと音をてて千切れた。
「母さん! やめてくれ!」
直さんは駆け寄り、典子さんのから引に受話器を奪い取って切断した。
「何するのよ、直! 親戚に本当のことを教えて何が悪いっていうの!」
「もうやめてくれって言ってるんだ! 美咲の悪も、お義母さんの悪も、全部嘘じゃないか!」
直さんの絶叫に、典子さんは目を丸くした。 まれて初めて見る、息子の激昂だった。
「あんた……母親に向かって何その態度は! あの女に何を吹き込まれたのよ!」
典子さんはすぐに被害者の顔を作り、ポロポロと涙を流し始めた。
「夫をくして細い母親を、あんたまで責めるのね……! 私がどれだけ苦労してあんたを育てたとってるの! 親孝だっていうなら、美咲を呼び戻しなさい! 呼び戻して、みたいにこののことを全部やらせなさいよ!」
直さんは、涙を流す母親の顔を、穴がくほど見つめた。
その顔に浮かんでいるのは、息子へのでも、孤独への恐怖でもなかった。
自分の都のいいように者を支配し、搾取し続けることへの、醜悪な執着だけだった。
「母さん」
直さんの声から、が急速に引いていった。
「美咲がもし戻ってきたら……母さんは自分のに帰ってくれるのか?」
典子さんはを鳴らし、当然のように言い放った。
「何を言ってるの? 美咲さんが戻ってきて私の面倒を見てくれるなら、私が自分のに帰る理由なんてないじゃない」
その瞬、直さんの目のが真っ暗になった。
最初から、母に歩み寄る気など微もなかったのだ。 美咲のも、自分の板挟みの苦しみも、母にとっては『適な居所』を維持するためのただの踏み台に過ぎなかった。
その夜の直さんの様子を、私は翌、私の自宅へ駆け込んできた彼のから直接聞かされた。
やつれ果てた顔の男は、震えるでを抱え、昨夜の惨状を吐きすように語った。
「お義母さん、俺、昨の夜、母さんに実へ帰ってくれって話したんです。そしたら……『親子の縁を切る、度と母親と呼ぶな』って鳴られて……」
暗のリビングで、母親に罵声を浴びせられながら、きりでち尽くしたという男。
それでも、話さなきゃいけないとったのだと、男はけなく呟いていた。
翌の朝、直さんは勤める会社に、初めて当欠勤の届をしたそうだ。
その報告を私が受けたのは、美咲の代理を務めるゆり法律事務所の弁護士からの話だった。
『直さんの側から連絡がありました。本、お母様を実へお連れし、私物の搬作業をうとのことです』
受話器の向こうの事務な声を聞きながら、私はベランダの向こうに広がるの空を見げた。
は、自らの元が崩れ落ちるとったにしか、い腰をげない。失うものが自分の居所だと悟って初めて、あの男はいたのだ。
そのの昼過ぎ、直さんは典子さんをに乗せ、半放置されていた実へ向かった。に直さん本が美咲に語ったところによれば、そのの内は獄のような空気に満ちていたという。
典子さんは部座席で腕を組み、窓のを睨みつけたまま、呪詛のような言葉を吐き続け散らした。
「あんたは親を捨てる気ね」「あの女の入れ恵で、母親を姥捨てに放り込むのね」「所のになんて顔向けすればいいのよ。嫁に追いされたなんて、恥ずかしくてんでも言えないわ」
直さんはハンドルを握りしめ、だけを見つめていた。胃の腑が雑巾のように絞りげられ、や汗が背を伝う。いつもなら、そこで「母さん、落ち着いてくれ」「そんなつもりじゃない」と謝り、引き返していただろう。
だが、あの男の脳裏には、私が突きつけた言葉が焼き付いていた。
『決めないことも、つの決断だったんですよ』
母を庇うために、妻の尊厳を削り殺し続けた。