"「格下」の同級生に頭を下げる夜" 第1話
「奥さん、こんな男と結婚したんですか? 昔は俺よりずっとだったのに(笑)」
ぶりに再会した桂公平のその濁った声が、ホテルの宴会に響き渡った瞬、周囲の笑い声が潮が引くように止まった。
胸元につけた名札を見ろす桂の線は、品定めというより、値踏みそのものだった。
そこには、私が自らきした文字だけが並んでいる。
『技術設計』
それを見た桂は、等なスーツの胸元を揺らしながら、わざとらしく肩をすくめてみせた。
「相変わらずだな、藤森。まだそんな臭い仕事やってんのかよ」
向けられた言葉の端々に、の教で浴びせられ続けたあの嘲笑の匂いがべったりとこびりついている。
私を段に配置しなければ、自分のち位置を確認できない男。歳になっても、この男のにある物差しは、の教から歩もへていなかった。
「桂、やめろ」
私は声を荒げることもなく、ただく、く言った。
しかし、その落ち着いた反応が、男の歪んだ優越に油を注いだようだった。昔のように私が怯え、線を逸らし、れに沈黙することを期待していたのだろう。
「なんだよ、ってんのか? 冗談だろ、同級のよ」
桂の元に貼り付いた笑いが、さらに醜く歪む。
元にあったグラスが乱暴に持ちげられた。
琥珀の液体と氷がカチンとい音をてる。
「公平、やめとけって」
同じテーブルにいた誰かが、掠れた声で制止しかけた。だが、誰も席をとうとはしなかった。厄介ごとに巻き込まれたくないという空気が、丸テーブル全体をく縛りつけている。
止める者が本気でないことを、桂は誰よりも敏に察していた。
「ぶりなんだから、これくらい景気づけだろ!」
バシャッ、と々しい音が元で弾けた。
グラスから放たれたたい液体が、容赦なく私の額から目元、そして頬へと叩きつけられる。
アルコールの刺激臭が、腔の奥を鋭く突いた。
額を伝った酒は眉を濡らし、顎の先からいシャツの襟元へ、ポタポタとたい染みを作っていく。
宴会のざわめきが、完全に消え失せた。
隣のテーブルの同級たちまでもが息を呑み、信じられないものを見る目でこちらを凝している。
私は目を閉じたまま、く息を吸い込んだ。
喉の奥が焼けるようにい。両の拳は、膝のでくなるほどく握りしめられていた。
殴り倒すことは容易だった。だが、ここで激に任せてをせば、ただの「酒席での同級同士の喧嘩」として処理される。男の最も得とする俵に引きずり込まれるだけだ。
私は閉じていた目を、ゆっくりとけた。
目のには、空になったグラスをに持ち、周囲の凍りついた空気にようやくしだけ怯えを見せ始めた桂の顔があった。
「だから……そんなマジになるなよ。昔からのノリじゃねえか」
男の声は擦り、ごまかすようにヘラヘラと笑っている。
そのだった。
私の隣に座っていた妻のが、音もなく静かにちがった。
取り乱す様子も、鳴り散らす気配も切ない。
はまず、濡れそぼった私のに回り込むと、膝をし折って線のさをわせた。
「誠、目に入った?」
いつもの朝、自宅のダイニングで交わすのとまったく変わらない、静かで落ち着いた声だった。
「……しだけな」
私が答えると、ちょうど駆け寄ってきた会のスタッフから、は素く清潔なおしぼりと乾いたナプキンを受け取った。
「これ、使って」
は布を私のに握らせると、そっと肩に触れた。その指先から伝わる体温が、私のの芯にあったをすっとましていく。
私が顔の分を拭い取ったのを見届けると、はゆっくりと体の向きを変えた。
その線が、途半端な笑みを顔に張り付けたままの桂を正確に射抜く。
軽蔑のすらない。ただ、業務のな過失を犯した相を静に見極めるような、徹な静けさがそこにあった。
桂は息を呑み、無識に半歩ずさった。
は元に置いていた質な革のバッグを静かにき、属具をカチリと鳴らした。迷うことなく取りされたのは、使い込まれた名刺入れだった。