"「格下」の同級生に頭を下げる夜" 第9話
息を呑み、通話ボタンを押す。
に受話器を当てた。
「……はい、藤森です」
数秒の沈黙の、受話器の向こうから、ひどく掠れた、だが記憶にある声が響いた。
『――藤森か。田だ』
全の毛穴が、気に収縮したような覚に襲われた。
「先……」
『千から、おに話番号を教えたと連絡があってな。居てもってもいられずに、俺からかけてしまった』
田先の呼吸は浅く、どこか切迫していた。
かつて教で徒たちを鳴りつけていた、あの威厳に満ちた声ではない。
老いたの男が、い字架を背負い続けてきた果ての、絞りすような声だった。
『藤森、今丈夫か』
「はい、丈夫ですが……」
受話器の向こうで、先がく、く息を吸い込む音が聞こえた。
そして、封印されてきた過の扉をこじけるように、その言葉が告げられた。
『あの全国会のことだ。おが辞退した、あのコンテストの件だ』
私の指先が、スマートフォンの側面をく軋ませた。
『俺はずっと、おから逃げてきた。おが背負わなくてもいいを、全部で背負わせてしまった。……藤森、会ってくれないか。経ってしまったが、俺がおに親しく詫びなければならない真実があるんだ』
受話器を握る指先が、くなるほど張っていた。
の歳を越えて届いた恩師の声は、私の記憶にある威厳に満ちたそれとはまるで違っていた。
震え、かすれ、老いた男が自らのさを絞りすような響きだった。
「……分かりました。先、どこへ伺えばいいですか」
私は努めて平坦な声で返した。
指定されたのは、の最寄り駅からしれた、古い宅にある喫茶だった。
の夕方、定で仕事を終えたに向かうことを約束し、私は静かに通話を切った。
スマートフォンの画面が暗転し、リビングに再び静けさが戻る。
キッチンから鍋の煮える匂いが漂ってくる。汁の温かいりが、え切っていた私の胸の奥をかすかに緩めてくれた。
が鉢をテーブルに並べながら、私を静かに見つめた。
「先から?」
「ああ。……、会ってくる」
「そう」
はそれ以、詮索するようなことは何も聞かなかった。
私の肩にそっとを置き、ただ柔らかく微笑んでくれた。
その無言の信頼が、どれほど私の支えになっていたか分からない。
翌朝、曜の朝半。
私とは、いつも通り成制御のオフィスへ社した。
だが、席に着くに向かったのは、経営企画部と総務部が管轄するコンプライアンス窓だった。
は迷うことなく、自ら署名捺印した枚の届を提した。
『利害関係発に伴う取引審査担当除申請』
自の名と、私が担当していた技術評価の案件名――聖産が提示してきた制御器の採用審査が、然とした文字で記されている。
窓の責任者である野が、鏡の奥の目を丸くして類を見つめた。
「藤森本部、それに誠さんまで……。聖産の案件から、おとも完全にを引かれるということですか?」
「ええ」
は切のを交えず、事務なトーンで告げた。
「曜の夜、聖産の担当営業である桂氏と、私なにおいてなトラブルが発しました。私が審査に混入するリスクを完全に排除するため、当社の規程に基づき、担当かられます」
「トラブル……ですか」
「評価そのものをでにするつもりはありません。製品自体の性能や信頼性は、会社として客観に判断すべきです。ですから、以の審査は野さん、あなたのチームに完全に任します」
野は居まいを正し、く頷いた。
「承いたしました。提されている仕様および納期スケジュールにつきましては、切の先入観を排し、の製造ラインへの直接ヒアリングを含めて厳密に再精査いたします」
「お願いします」
がをげ、続きはわずか分で完した。
これで、桂が同窓会で叫んでいた「持ちの妻が個なみで圧力をかけてきた」という言い逃れは、完全に封殺された。
桂が社内で追い詰められるとしたら、それは私やの復讐によるものではない。
男が自ら契約欲しさにき散らかした、鱈目な納期と未承認の仕様という「自の嘘」