"「格下」の同級生に頭を下げる夜" 第11話
あの嘘を、桂は信じ込み、周囲にも信じ込ませてきた。
「俺は、おの庭の過酷な事を周囲にられたくないという、おの尊厳を守るつもりだった。だから、『庭の都による辞退』とだけ処理し、詳しい理由を伏せた」
先の声が、激しく震え始めた。
「だがな、藤森……それは保護などではなかったんだ。俺はただ、おの貧困という痛々しい現実から目を背け、桂がおを『逃げた臆病者』として嘲笑し始めたも、それを確に否定しなかった」
先は両で顔を覆った。
「桂を呼びして、『藤森は逃げたんじゃない、庭を支えるために苦渋の決断をしたんだ』とすることすら、俺はしなかったんだ。それを言えば、おのプライバシーを暴くことになるという言い訳を盾にして……俺は、桂がおを侮辱するのを放置した」
「先……」
「俺が沈黙したせいで、桂はおを見す権利をに入れたと錯覚したんだ。おの誇りを踏みにじることで、あいつは自分の優越を肥化させていった。あいつが今、おにお酒をかけるような怪物になったのは……あいつ自の傲さのせいだ。だが、その傲さを育てた壌を作ったのは、でもない、担任だった俺の卑怯な沈黙だったんだよ!」
老いた教師の目から、粒の涙が零れ落ち、テーブルに染みを作った。
、このはこの悔に苛まれ続けてきたのだ。
自分が守ったつもりでいた「沈黙」が、どれほど残酷にのの尊厳を削り取っていたのかを、定を過ぎた今もなお悔やみ続けていた。
先は涙を拭いもせず、その茶く変した推薦の控えを、私のへと滑らせた。
「これを……見てくれ」
類の最部、担任所見の欄に、の力い万の文字が並んでいた。
『技術に対して誠実であり、困難な課題に対しても最まで考え抜く靭な志を持つ。本の誇るべき徒である』
そのを見た瞬、界が歪んだ。
喉の奥がくなり、胸の真んを塞いでいたたい氷の塊が、音をてて崩れていくのをじた。
私は、逃げたんじゃない。
怠けていたわけでも、かったわけでもない。
歳の私は、あの極限の貧しさので、族を守りながら、持てるすべての誠実さをもって技術と向きっていたのだ。
誰かに勝つためじゃない。
見してくる桂を打ち負かすためでもない。
ただ、自分のに対して誠実であり続けたその事実を、の類が、何より雄弁に証してくれていた。
「藤森……俺を、殴ってくれてもいい。おに許してもらおうなんてっていない」
先は震える声で言った。
私はく息を吸い込み、ゆっくりと首を横に振った。
「先。殴るつもりはありません。……ただ、つだけ約束してください」
「約束……?」
「もし誰かが、またあの会の辞退を持ちして私を嘲笑おうとしたら。そのは、逃げたのではないと、事実だけを言ってください。同を誘うような苦労話はいりません。『藤森は逃げたのではない』と、それだけを伝えてください」
先は顔をげ、私の目をまっすぐに見つめた。
その瞳に、教師としてのが再び灯る。
「……ああ。必ず言う。今度は絶対に、逃げない」
喫茶をた、夜の帳がすっかりりていた。
たい気が、照った頬を撫でる。
取りは、きとは比べものにならないほど軽かった。
自宅に戻ると、リビングでがノートパソコンをいて作業をしていた。
「おかえりなさい。どうだった?」
「……ってよかったよ」
私は推薦の写しを、テーブルのに静かに置いた。
はその類に線を落とし、担任所見の文字を指先でなぞった。
「素敵な言葉ね。『技術に対して誠実で、最まで考え抜く力がある』。今のあなたそのものじゃない」
「そうかな」
「そうよ。昔も今も、あなたは何も変わっていないわ」
のその笑顔を見た、自分ののすべての迷いが完全に消えった。
だが、その平穏を切り裂くように、机ののスマートフォンがけたたましく震え始めた。
同窓会のLINEグループの通だった。
画面をいた瞬、私の背筋にたい緊張がった。
桂公平だった。
桂公平:『みんな、真紀のメッセージ見て勘違いしてるかもしれないから言っとくけどさ。