"「格下」の同級生に頭を下げる夜" 第16話
「桂」
男が、絶望に濁った目で私を見げた。
私は子の背もたれから背をし、男の目をまっすぐに見据えて言った。
「俺は、およりになりたかったわけじゃない」
ラウンジの柔らかなざわめきので、その言葉だけが、凛と響いた。
「最初から、おのにいたつもりもない」
桂が、息を呑んだ。
「おが勝に作った階段ので、誰かを踏みつけてしていただけだ。私は今まで、自分の選んだ仕事を誇りにってきてきた。おの承認も、おの見しも、最初から私のには何の響もなかったんだ」
桂の瞳から、完全にが消え失せた。
自分が見していた相は、復讐のためにを研いでいたのではない。
ただ最初から、自分など歯にもかけない所で、誠実に自分のを歩んでいただけだったのだと。
その決定な事実が、男の肥化した自尊を、根底から砕した。
「……にサインをしろ。そして、度と私たちのに現れるな」
桂は震えるでペンを取り、擦れた文字で自らの名をき込んだ。
サインを終えた男は、幽霊のようにふらつきながらちがり、に支えられるようにしてラウンジをっていった。
その背に、かつて教で響いていた尊な笑い声の残響は、微も残っていなかった。
季節が巡り、が訪れた。
同窓会の夜から数えて、半が過ぎていた。
聖産との取引は、しい担当者のもとで極めて順調にんでいた。
の正確なデータに基づいた制御器は、私たちの発ラインに見事に適し、製品の全性向にきく貢献している。
桂は営業の第線からされ、本社の資材管理部で類理の方業務に就いていると、の噂で聞いた。
格にい処遇ので、毎静かに定退社を繰り返しているらしい。
だが、その消息を聞いても、私のにざわめきは切じなかった。
もう、完全に終わった過の来事だった。
真紀からは、折、学全体の況報告が届くようになった。
同窓会の幹事としての責任を痛した彼女は、無理に全員をまとめようとする姿勢を改め、トラブルへの対応規約を設けるなど、誠実な運営をがけているようだった。
亮からも、度だけいメッセージが届いた。
『あのは本当に悪かった。おが言った言葉、ずっと考えてる。俺も自分の子供に恥ずかしくない親になれるよう、やり直すよ。返信はいらない』
私はその文面を読み、言だけ返した。
『分かった』
それで分だった。
無理に友達に戻る必もないし、過を美化する必もない。
それぞれの所で、自分の過ちと向きいながらきていけばいいのだ。
曜の午。
私はリビングで、が淹れてくれたコーヒーをんでいた。
ダイニングテーブルのには、が理していた仕事用の名刺入れが置かれている。
あの、宴会で桂の傲を凍りつかせた、あの質な革の名刺入れだ。
私はそれを指先で軽く撫でながら、ふと呟いた。
「あの夜、本当に助かったよ」
がコーヒーカップを元からし、いたずらっぽく微笑んだ。
「名刺のこと?」
「ああ。あれがなかったら、桂はもっと暴れていたかもしれない」
はさく首を横に振った。
「名刺は、あののくだらない笑いを止めただけよ。そのあと、の嘘を暴いて、自分の言葉で決着をつけたのは、誠、あなた自じゃない」
のまっすぐな瞳が、私を捉えた。
「私はあなたの誇りを守りたかったんじゃないわ。あなたが自分で守れるだとっていたから、その邪魔をさせないために、あのにっただけ」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなるのをじた。
私はの顔を見つめ、ずっと胸の片隅にあったさな問いを、冗談めかしてにしてみた。
「なあ、。もし俺が会社の役員でもなくて、ただのの技術者だったとしても……俺と結婚してくれたか?」
は呆れたように目を丸くし、それからふふっと吹きした。
「何言ってるの。私は、あなたの肩きと結婚したんじゃないわ」
は名刺入れをに取り、机の引きしの奥へと静かに仕い込んだ。
「あなたがどんなも図面に対して誠実で、逃げずに最まで考え抜くだから、緒にきていこうって決めたのよ。
昔のあなたがどれだけ貧しかったとしても、私の選んだは、最初からあなたしかいないわ」
迷いのない、確かな声だった。
私は窓のに広がる、澄み切った青空を見げた。
、私はあの教の片隅で、誰かが勝に決めた順位表に怯え、自分の価値を見失いかけていた。
貧しさを恥じ、沈黙のに閉じこもり、理尽な悪に耐え続けることだけが、自分を守る術だとい込んでいた。
けれど、今ならはっきりと分かる。
誰が誰よりだとか、誰がだとか、そんなものは最初からどこにもしないに過ぎなかったのだ。
の価値を決める権利なんて、最初から誰にもなかったのだから。
隣で微笑むのに、私はそっと自分のをねた。
を越えた午の陽が、私たちの静かで、確かな常を優しく包み込んでいた。