"百万円を積まれても、他人に戻る" 第1話
緑の枠線が印刷されたが、音をてて卓袱台のに滑り込んできた。
印刷された文字は、婚届。
その横に、若い女性のカラー写真が枚、無造作に放りされた。
「男の子が産めないなら、ていきなさい」
義母の声は、く、濁っていた。
喉の奥が、からからに渇く。 臓が肋骨の裏側で、激しくねた。
私は無言のまま、自分の革製バッグをぎゅっと抱きしめた。 そのには、昨の妊婦健診で受け取ったばかりのエコー写真が入っている。
妊娠週。 腹の丸みはまだ目たないけれど、つのさな臓が力く脈打っている。 医師はモニターを見つめながら、はっきりと告げていた。 『とも、男の子で違いなさそうですね』と。
女の葵は歳、次女の結は歳。 サプライズのために買ったさなギフトボックス。 その箱のにエコー写真を収め、今夜、娘たちのから父親へ渡してもらうはずだった。
「聞こえなかったの? もう用済みだって言ってるのよ」
義母は細い目を吊りげ、唾をばした。
「よ。も待ってやったのに、女の子が。そのあとは度流産して……体が欠陥品なんじゃないの?」
「お義母さん」
私の声は、く震えていた。
「流産の話を、そんなふうに言わないでください」
「事実でしょうが! このは代々、男が継いできたの。跡取りのいないに、あんたの居所なんてないのよ」
卓の写真に目を落とす。 写っているのは、見らぬ若い女性。 淡いのスーツを着て、控えめに微笑んでいる。
「松田さんのところのお嬢さんよ。歳。まだ若いし、ちゃんと男を産める体をしてるわ。話はもうつけてあるの」
……は? まだ婚もしていないのに? 先方に話をつけてある?
のの血が、急速に引いていく。 私は線を、義母の隣に座る夫へ向けた。
夫は、度も私の顔を見ようとしない。 膝のに置いた拳を丸め、ただ畳の目をじっと見つめている。
「……ってたの?」
夫の肩が、びくりとねた。
「ってたの、これ」
「……母さんが、勝に用したんだ」
夫の声は、消え入りそうに細かった。
「止めてないじゃない。写真まで見せられて、止めなかったの?」
「本気だとってなかったんだよ……母さんも気がってるだけだから、美咲、今は刺激するなよ……」
の奥で、何かがプツンと切れる音がした。
このは、いつだってそうだ。 、義母が私に嫌を言うたび、娘たちを値踏みするたび、いつも『母さんを刺激するな』と逃げてきた。 私を守るためじゃない。 自分が母親から鳴られないためだけに、私を差ししてきたのだ。
「刺激するなって何? 私と子供たちを侮辱されて、黙っていろって言うの?」
私が声を荒らげた、その瞬だった。
界の端で、義母が弾かれたようにちがった。
を切る音。 次の瞬、私の頬に激しい衝撃がった。
鈍い破裂音が、静かなに響き渡る。
衝撃で顔が横へねばされた。 頬が焼けるようにい。 数秒、の奥でキーンというい音が鳴り響き、何も聞こえなくなった。
「をバカにするんじゃないよ! 誰のおかげで飯がえてるとってんだ!」
義母の荒い息遣いがってくる。
夫が慌ててちがった。 けれど、義母を鳴りつけるでもなく、私の体を支えるでもない。
「母さん、をしたらマズいって! 美咲も、もうやめろ!」
両を広げて、に入っただけ。 私を殴った母親を責めることすら、この男にはできない。
私は叩かれた頬をのひらで押さえ、ゆっくりと顔をげた。
義母は机のの婚届を乱暴に掴むと、私の元へ投げ捨てた。 の端が、私のスカートの裾に触れる。
「男の子を産めない嫁なんていらない。さっさと署名してていきなさい!」
元に落ちたを見つめながら、私は自分の腹部にそっとを当てた。
バッグのには、あのエコー写真がある。 『お腹の子はとも男の子です』 そう言えば、この老婆はどんな顔をするだろう。 夫は狂乱して、私を引き止めるだろうか。
けれど、私の指はバッグのファスナーへかなかった。
今ここでそれをかせば、私は『男を産んだから許された具』に成りがる。
葵と結は、『男の弟を産めなかった役たずの姉』として、この老婆に見され続ける。