"百万円を積まれても、他人に戻る" 第9話
「そのお、引っ込めて」
私は氷のようにたい声で言った。
「……え?」
「これは『施し』じゃないの。父親として、夫としての法な義務よ。現をそのしのぎで渡しして、謝罪をするなんて、どこまでを愚弄すれば気が済むの?」
「愚弄って……俺は歩み寄ろうとしてるんじゃないか!」
「歩み寄る? 暴力と暴言で私を追いし、婚届を投げつけた側が、被害者に『をげろ』と求することが、あなたの言う歩み寄りなの?」
夫は言葉を詰まらせ、線を泳がせた。
「母さんは……昔気質のなんだよ。悪気はないんだ。跡取りが欲しいっていうのも、藤原のを守りたいで……」
「藤原のって何?」
私は容赦なく畳み掛けた。
「あなたたちの言う『』には、葵や結は入っていないの? 女の子だから跡取りじゃない、だから価値がない。そうやって、この子を傷つけ続けてきたのよね」
夫が息を呑み、私の隣に座る葵を見た。
葵は、ずっと俯いていた。さな両を膝のでぎゅっと握りしめ、唇を噛み締めている。
「葵……」
夫が々しく声をかけた。
葵はゆっくりと顔をげた。その瞳には、涙は浮かんでいなかった。あるのは、歳の子供には似つかわしくない、く、静かな失望だった。
「お父さん」
葵の声は、驚くほど澄んでいた。
「お父さんは、わたしが男の子じゃなかったから、しかったの?」
喫茶のBGMが、ふっとのいたような気がした。
夫の顔から、さっと血の気が引いていく。
「な……何言ってるんだ、葵。そんなわけないだろ。お父さんは葵のこと、好きだよ」
「嘘だよ」
葵は首を横に振った。
「おばあちゃん、いつも言ってたもん。『男の子がまれないと、このはおしまいだ』って。『葵ちゃんがお姉ちゃんなんだから、弟ができるようにお祈りしなさい』って」
「それは……母さんが冗談で……」
「冗談じゃないよ!」
葵のさな声が、テーブルを叩いた。喫茶の周囲の客が、ちらりとこちらを振り返る。
「お母さんが叩かれた、お父さん、見てただけでしょ! おばあちゃんを止めなかったでしょ! お父さんは、わたしとお母さんより、おばあちゃんが事なんでしょう!」
夫は完全に固まった。を半きにしたまま、実の娘から突きつけられた告発に、言も返せない。
の怠。母親の悪を『悪気はない』という便利な言葉で覆い隠し、妻と娘の尊厳を削り取ってきたツケが、今、最の娘のから請求されていた。
「葵、こう」
私はちがった。テーブルのの算定を指差す。
「指定座に、満額振り込んで。円でもりなければ、田先を通じて勤務先へ連絡します」
「美咲! 待ってくれ!」
夫が慌ててちがり、私の腕を掴もうとした。
私はそのを、激しく払い落とした。
「触らないで」
く、確な拒絶。夫は弾かれたようにを引っ込め、呆然と私を見つめた。
「あなたが変わらない限り、子供たちに会わせるつもりはありません。父親としての自覚が持てないなら、度と連絡してこないで」
私は葵のを握り、度も振り返ることなく喫茶をた。
駅へ向かうを歩きながら、私は葵のをぎゅっと握り直した。さなが、微かに震えていた。
「葵」
歩の袂でを止め、私はしゃがみ込んだ。
「よく言ったね。怖かったでしょう」
葵の瞳から、粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。張り詰めていた糸が切れたように、私の胸のに顔を埋めて泣きじゃくる。
「お母さん……わたし、お父さんのこと、困らせちゃった……?」
どこまでも優しい子。父親を傷つけてしまったのではないかと、自分を責めている。
「違うよ、葵」
私は娘の背を、包み込むように抱きしめた。
「葵は、本当のことを言っただけ。違っているのは、お父さんとおばあちゃん。葵と結が女の子だからりないなんてこと、絶対にない。お母さんにとってはね、葵と結がいてくれることが、世界で番の幸せなの」
「ほんとう……?」
「本当。神様に誓ってもいい」
葵は涙を袖で拭い、さく、けれど力く頷いた。
その夜、実の布団ので、私はスマートフォンをいた。田弁護士から、報告のメールが入っていた。
『本夕刻、相方(夫)より連絡がありました。算定表通りの婚姻費用について、全額の支払いにするとのことです。