"古希の夜、二人の嫁は手を引いた" 第1話
「このはね、将来、次男の良太に譲ることに決めたの」
義母が満面の笑みでそう告げた瞬、料亭の広に割れんばかりの拍が響き渡った。
……は?
喉の奥が、瞬でカラカラに干からびる。 臓が嫌な音をててねがり、指先からすうっと血の気が引いていくのが分かった。
黒田の親族、総勢名。 義母の歳を祝う古希の宴席は、最潮の盛りがりを見せていた。
「さすが正子さん! 先のことまでしっかり考えてる!」 「良太くん、よかったなぁ! これで賃の配もいらないぞ」 「兄貴の俊くんも、男として親孝ができてがいだろう」
座敷のあちこちから、無責任な賛辞と祝杯のビールがび交う。 親戚たちは誰も疑っていない。 苦労して息子を育てげた美談の母親が、最に次男へ与える温かい贈り物。 広全体が、その絵に描いたような幸福に酔いしれていた。
でも、違う。 その話のすべてが、根底から狂っている。
今、義母が気よくに譲ると宣言したあの階建ての。 も建物も、登記簿に刻まれている所者の名は「黒田千里」。 私個の単独名義だ。
、結婚してまだにも満たない頃。 義父の連帯保証債務によって実を差し押さえられ、に迷った義父母をれにって招き入れたのは私だった。
私の独代の預と、私の実からの援助で建てた、紛れもない私の。
それを、義母は今、自分の所物のように親族ので寄贈してみせたのだ。
界が真っ赤に染まる。 りで膝のに置いた両がガタガタと震えた。
隣に座る夫、俊の横顔を睨みつけた。 夫はジョッキを握ったまま、居悪そうに線を泳がせている。 。 義母がことあるごとに「このは良太に」とっていたのを、波をてたくないからと放置し続けた男。
「……ちょっと、俊」
く絞りした私の声に、夫の肩がビクッとねた。
「千里、頼むから。今は母さんの古希の祝いなんだ」
夫は私の目を直できず、テーブルので私の首を掴んできた。 そののひらは、けないほどたく湿っている。
「ここで騒いだら、親戚が気まずくなるだろ。話なら、に帰ってからいくらでも聞くから」
元で囁かれるその言葉に、胃の底からたいりがせりがってくる。 親戚ので恥をかきたくない。 男として親族を仕切る派な男という空気を壊したくない。 そのちっぽけな保のために、夫は今この瞬も、妻の財産が贄に捧げられるのを見過ごそうとしている。
振り払おうと指に力を込めた、そのだった。
「お義母さん」
静まり返った広に、く澄んだ声が落ちた。
座の端に座っていた弟の妻、織だった。
いつもは親戚の集まりでも笑いを浮かべ、控えめに仕に回っている彼女が、すっと背筋を伸ばしてちがっていた。 元には、いつも持ち歩いているくたびれたトートバッグがある。
義母は嫌のまま、細めた目で織を見ろした。
「何よ織さん。あなたからも良太に言言ってやってちょうだい。これからはあの広いで、堂々と暮らせるんだからね」
織の表には、笑みのかけらもなかった。 磁のように青ざめた顔で、義母を真っ直ぐに見据えている。
「私たちがそのに同居したら、私は今の仕事を続けられますか?」
唐突な問いかけに、親戚たちのざわめきがふっと止まった。
義母はグラスを持ったを止めることなく、さも当然のように目を細めた。
「何言ってるの。向こうにけば部も増えるし、庭の入れだってある。それに私の体だっていつまでもくわけじゃないんだから。仕事なんてセーブして、のことに専すればいいのよ」
「……良太さんは」
織の声が、わずかに震えた。
「良太さんは、お義母さんの病院の付き添いや、の回りの世話をしてくれるんですか?」
義母は底おかしそうに、からからと笑った。
「良太はで働いて稼いでくる男親よ。男に介護だのの雑用だの、そんなことさせられるわけないでしょう。
族なんだから、できるがやるのが当たりじゃないの」
隣に座る叔父の良太は、居悪そうに俯いたまま、枝豆の皮を指先でいじり続けている。