"古希の夜、二人の嫁は手を引いた" 第17話
おに認めてもらえるように、全部自分でやるよ」
翌週、夫はスーツケースつ分の私物だけを持って、をてった。
ぶりに、このからの気配が完全に消えた。
その夜、私は台所にち、自分のためにお湯を沸かした。 背を誰かが横切ることもない。 器棚の茶碗の位置を勝に変えられることもない。 やかんがてるシュンシュンという蒸気の音と、リビングの計の針の音だけが、静かに部を満たしていた。
私は棚から、しまい込んでいたお気に入りのマグカップを取りし、丁寧に茶を淹れた。
含むと、温かい渋みが喉を滑り落ちていく。 広すぎるリビングを見渡し、私はく息を吐きした。
ここは、私のだ。 誰の見栄の台でもなく、誰の介護施設でもない。 私が私としてきていくための、かけがえのない私の所なのだ。
がまり、々の葉がづき始めた頃。
駅のカフェで、私は織と向かいっていた。
テーブルのには、つのカフェラテ。 織の表は、数ヶのやつれ切った様子が嘘のように、るく澄んでいた。
「調、順調?」
私の問いに、織はさく笑って頷いた。
「はい。良太、最初は往際悪くごねていたんですけど……調委員の方から『奥様への精神負担と当な求の証拠が揃いすぎています』ってされたら、完全に戦を喪失したみたいで」
織はスマホを操作し、私に見せてくれた。 そこには、ウェディングドレスをまとった嫁の髪を、真剣な差しでセットする織自の姿が写っていた。
「これ……!」
「先週、ブライダルのヘアメイクとして現復帰したんです。フリーランスの先のアシスタントですけど、指名をもらえて」
織の瞳が、誇らしげに輝いていた。
「子供たちとの活費も、養育費と自分の稼ぎでなんとかやっていけそうです。毎忙しくて目が回りそうですけど……自分のでご飯をべている実が、すごく気持ちいいんです」
「良かったわね、織さん」
私がから告げると、織は照れくさそうにを掻いた。
「お義姉さん……あ、千里さん」
「千里でいいわよ」
「千里さん、本当にありがとうございました。あの古希の席で、千里さんがちがってくれなかったら……私、今頃あので、お義母さんのの世話をしながらんだ顔で暮らしていたといます」
「私の方こそよ」
私はコーヒーカップを両で包み込んだ。
「あなたが最初に『婚します』って言ってくれたから、私も腹を括れたの。男の嫁だからって、物分かりのいい顔をしてし続ける呪縛を、あなたが壊してくれた」
の線が交わり、どちらからともなく笑いが漏れた。
「でも、本当に笑っちゃいますよね」
織がおかしそうに肩を揺らした。
「良太ってば、最まで『兄貴の広いがあればおも楽できたのに』って言ってたんですよ。誰が欲しいかっていうのよね」
「本当にね」
「義母とモラハラ夫がセットで付いてきて、タダ働きさせられる階建てなんて、百億円積まれたってお断りです!」
織の気よい毒舌に、私も耐えきれずに吹きした。 周りの客がし驚いたようにこちらを見たが、もうどうでもよかった。
私たちを縛りつけていた「嫁」という名の見えない鎖は、跡形もなく砕け散っていた。
が過ぎ、桜の蕾が膨らみ始めた。
約束の半が経ち、夫の俊が戻ってきた。
玄関にった夫は、頬がしこけ、以よりも引き締まった顔つきをしていた。 ワイシャツの胸元には、自分でアイロンをかけたのであろう、しいびつな折り目がついていた。
「ただいま、千里」
「おかえりなさい」
夫は恐る恐るリビングへがり、正座をした。
「半、で暮らして……分かったよ。飯を作るのも、ゴミを分別するのも、トイレットペーパーを買いすことすら、誰かがやらなきゃ活は回らないんだって」
夫は膝ので拳を握りしめた。
「親戚の法事があったも、叔父さんに『黒田の派なは元気か』って言われたよ。……俺、ちゃんと訂正した。『あれは妻のです。俺は居候させてもらっているです』って」
「……そう」
「叔父さんは変な顔をしてたけど、もうどうでもよかった。