"もう私を「お母さん」と呼ばないで" 第1話
テーブルのに広げられた、真しいカラー図面。
向きのさな平。 縁側の先には、入れのしやすそうな角い庭が描かれている。
「母さん、ここ。壇にできるって設計士が言ってたよ。昔、言ってたろ。歳を取ったら陽の当たる所で、さなおを育てたいって」
歳になった拓也が、のように目を細めて笑った。
仕てのいいスーツの襟元には、学の教授バッジが鈍くっている。 苦学の末に学者としての位を築き、かけて切り詰めた預、千万円。 その全額をにして、この古い造平から私を連れすのだという。
「ずっと苦労ばかりかけてきたからさ。やっと、親孝らしいことができるよ」
喉の奥が、きゅうと縮んだ。 たい鉄の塊を無理やりみ込まされたように、息が詰まる。
界が歪んだ。 止めようとしても、涙がぽたぽたと図面のい余に落ちていく。
「おいおい、泣くなよ。そんなにんでくれるとはわなかったな」
拓也は照れくさそうに笑い、ポケットからハンカチを取りした。
違う。 んでいるのではない。
もの、私の臓の真に沈殿していた澱が、気に喉元まで逆流してきたのだ。
私は両を伸ばし、その図面を拓也の胸元へと押し戻した。
「……買わないで、拓也」
拓也のが空で止まった。
「え?」
「このは、いりません。契約も、すべて断ってください」
「母さん、なに言ってるんだよ。すぎるって配してるの? 丈夫だって。ローンの審査も通ったし、これからは俺が全部払うから……」
「おの問題じゃないの」
私はちがり、居の箪笥のにった。 番の引きしをける。 防虫剤の匂いに混ざって、古いの埃っぽい匂いがちる。
奥くに隠し続けてきた、茶く変したの封筒。 指先が微かに震えるのを、もう方のでく押さえつけた。
封筒を掴み、テーブルのに戻る。 乾いた音をてて、それを息子の目のに置いた。
「もう度言うわ。そのおは、自分のために使いなさい」
く息を吸い込む。 肋骨の隙が軋むほど、えた部の空気を肺に溜める。
「そして、拓也。もう度と、私のことをお母さんと呼ぶのはやめて」
部の空気が、瞬に凍りついた。
拓也の瞳から、柔らかながすっと消え失せる。 眉にい皺が刻まれた。
「……は? 急になんだよ。体でも悪いのか? 誰かに何か言われたのか?」
私は答えず、封筒の紐を解いた。
から取りしたのは、枚の古いサービス判の写真。 裏を向け、指先で弾くようにして滑らせる。
そこには、黒い油性マジックでかれた数字があった。
平成元、。
拓也の線が、その数字に縫い付けられた。
「これ……母さんがくなる、半の付じゃないか」
拓也の実の母、真由美さんが学病院の無菌に入る直。 病状が悪化の途を辿り、族全員がい絶望の底にいた期。
写真の表に写っているのは、箱根のホテルのロビーで、を寄せるようにして座る私と、夫の正彦だった。
「拓也。あなたのお母さんが息を引き取るから、私と正彦さんは、男女の関係でした」
拓也の喉仏が、きくした。 瞳の奥が激しく揺れている。
「……冗談だろ」
「事実よ」
「父さんは……父さんは、母さんがんだあと、親戚の紹介でおと見いしたって……」
「嘘よ。あのがついた嘘」
私は膝ので指を組み、爪をのひらの肉にくい込ませた。 皮膚を破る鋭い痛みだけが、現実から逃げそうとする識を繋ぎ止めていた。
「私が、奪ったの。病気でけない真由美さんから、あのを」
沈黙が落ちた。
柱計の振り子の音だけが、障りなほど正確にを刻んでいる。 コチ、コチ、コチ。
拓也は写真を凝したまま、微だにしなかった。
鳴り散らすことも、机を叩くこともない。 学問の世界で論理を研ぎ澄ましてきてきた特の、底れない沈黙。
やがて、掠れた声が落ちた。
「……母さんは」
「え?」
「俺の、本当の母さんは」
拓也がゆっくりと顔をげた。 その目は、もう私のっている息子の目ではなかった。
の罪を酷に見据える、刃のを宿していた。
「ぬに、っていたのか?」
私は線を逸らさなかった。
「っていたわ。全部」