みかん小説
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"もう私を「お母さん」と呼ばないで" 第2話

拓也のが、テーブルのの図面を乱暴に掴み直した。 のが、くしゃりと音をてて歪む。

拓也はそれを丁寧に畳み直し、鞄の奥へと押し込んだ。

ちがり、無言でコートを羽織る。

「……し、をくれ」

それだけだった。

玄関へ向かう取りは、鉛のようにかった。 靴を履く音。 靴べらがカランと鳴る。

いつもなら、扉をける直に「ってくるよ」と振り返る。 、ただの度も欠かしたことのなかった習慣。

拓也はたいドアノブにをかけたまま、背を直させていた。

そして、度も振り返ることなく、へた。

バタン。

鉄の扉が閉まるい音が、私の蓋の奥で反響した。

その瞬、両の力が抜け、たい畳のに崩れ落ちた。 をついた畳の網目が、掌にい込む。

終わったのだ。 自らので、の平穏を完全に打ち砕いた。

、私は歳だった。

学病院の裏にあるさな会計事務所で、事務員として働いていた。 正彦と会ったのは、共通のが経営するの改修事がきっかけだった。

務の設計担当として入りしていた正彦は、いつも疲れた顔をしていた。 こめかみには髪が目ち、煙の匂いに混ざって、どこか消毒液のような匂いを漂わせていた。

「妻が、もうく入院していましてね」

所の喫茶で、で珈琲をんだのことを覚えている。 正彦はカップの縁を見つめながら、ぽつりと言った。

「血液の病気です。寛解したかとえば、またぶり返す。先が見えないんです」

最初は、ただの同だった。 そう自分に言い聞かせていた。

過酷な病と仕事の狭で擦り減っていく男の、愚痴の聞き役。 誰にも言えない孤独を受け止めてあげる、聞き分けのいい女。

だが、そんなものはただの欺瞞だった。 誰かにすがりつかれ、必とされるに、私は静かに溺れていったのだ。

境界線を越えたのは、のたいがる夜だった。

正彦の運転するが、私のアパートからしれたにまった。 ワイパーが、フロントガラスを激しく叩いている。 内には、結した窓の湿気と、男の々しい体温が充満していた。

沈黙の、正彦が煙にをつけた。 ライターのさな炎が、助席の元を瞬だけ照らしした。

そこには、黄い通学と、に濡れたランドセルがあった。 そして、その脇に落ちていた、半分に折られた画用。

クレヨンで描かれた、丸い目の女性。 病院のベッドとおぼしき所で横たわり、そのを袋のようなで握るさな男の子。

乱暴なひらがなで、こうかれていた。

『おかあさん、はやくげんきになってね。たくや』

背筋を、たい氷が滑りりた。

正彦は煙を吐きすと、靴の先でその画用を無造作に座席のへ押し込んだ。

「……見ないでくれ」

その仕の酷さに、喉の奥が引き攣った。 自分の息子の祈りを、蹴にする男。 そして、その男の隣で、女の顔をして座っている私。

引き返すべきだった。 あのの夜、ドアをけてへびし、度と会うべきではなかった。

だが、私は逃げなかった。 助席で縮こまりながら、暗ので正彦のを握り返したのだ。

私が支えてあげなければ、このは壊れてしまう。 そんな勝な傲さを、だと錯覚しながら。

その週、私は私用で学病院の調剤薬局を訪れた。

用事を済ませ、渡り廊を通りかかったときだった。 児科と内科の待スペースの片隅に、さながあった。

プラスチックのいベンチに、膝を抱えて座り込む、歳の拓也だった。 汚れた赤いナップサックを胸に抱きしめ、肩を刻みに震わせている。

父親の姿はどこにもなかった。 おそらく、妻の病を抜けして煙を吸いにっていたか、あるいは私に話をかけていただった。

は、声をてずに泣いていた。 のを真っ赤にして、袖で何度も目元を擦っていた。

あの子は、私の顔をらない。 だが私は、あの絵を描いたのがこの子だとっていた。

柱のに隠れながら、臓が鐘のように打った。

声をかけることなど、できるはずもなかった。 私はただ、母の命が削られていく恐怖にで耐えている子供を、全な物から盗み見ていただけだった。

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