"妻の浄水器は粗悪品、義母のキッチンには84万円" 第18話
画面の向こうにいたのは、と同じ、田さんだった。
「お待ちしていました。どうぞ」
ドアをけ、田さんをキッチンへ招き入れる。
がのキッチンは、と何も変わらない、古い団仕様のステンレスシンクだ。
リフォームされた造理でもなければ、最のタッチレス栓でもない。
けれど、シンクの周りは磨きげられ、曇りつなくを反射していた。
「失礼しますね。回からちょうどですね」
田さんは慣れたつきでシンクに潜り込み、元栓を閉めて浄器のカバーをした。
カチリ、とロックがれる音がする。
私はしれた所から、腕を組んでその作業を静かに見守っていた。
。
あの黒ずんだ、カッターで無残に削られた互換品が取りされた瞬。
私の元が崩れ落ち、世界が真っ暗になった、あの忌まわしい記憶。
田さんが、使い終わったカートリッジを慎に引き抜いた。
い袋をはめたで、目のさまで持ちげる。
を回し、注入のパッキンを確認し、接続部分のプラスチックを指先でなぞる。
数秒の沈黙の、田さんは振り返り、マスク越しにれやかな笑顔を見せた。
「ばっちりです、奥さん。純正品のまま、どこにも無理な負荷はかかっていません。内部の目詰まりも基準値内ですし、削れや異物の混入も切ありませんよ」
「……本当ですか」
「ええ、本当です。非常に綺麗に使われています。これなら械本体も、まだまだ何も持ちますよ」
胸の奥から、ふうっと温かい息が漏れた。
肩の奥底に、無識のうちに残っていた最の微かな張りが、サラサラと音をてて砂のように崩れ落ちていく覚があった。
にこのキッチンから始まった私の戦いは、今、この瞬に、名実ともに完全な終幕を迎えたのだ。
田さんはしいカートリッジを箱から取りし、カチリとよい音をててセットした。
通テストをい、レバーをひねる。
ジャーッと、勢いよくが流れした。
「作業完です。またに点検ハガキをお送りしますね」
「ありがとうございました。暑い、お疲れ様でした」
田さんを見送り、玄関の鍵を閉める。
リビングには、静かな午のが差し込んでいた。
夫は休勤で留守だった。
取りが減った分、しでも営業当を稼ごうと、自分から志願して曜の当番に入っているのだ。
以のように「俺が稼いでやってる」と威張ることはもうない。
ただ、自分が招いた現実の帳尻をわせるために、黙々と働いている。
私はキッチンに戻り、器棚からお気に入りの耐ガラスのグラスを取りした。
シンクのにつ。
レバーをにひねる。
しく交換されたばかりの浄器を通って、透ながグラスを満たしていく。
気泡がキラキラとの粒をねさせながら、面へと昇っていく。
蛇を止め、グラスを両で包み込んだ。
のひらに、ひんやりとしたよいたさが伝わってくる。
元へ運び、ゆっくりと喉へ流し込んだ。
無無臭の、たく澄んだ、ただの。
プラスチックの削りカスも、誰かの嘘も、誰かの見栄も、何つ混ざっていない。
私が私ので守り、私の座から代を支払い、私ので選び取った、本物の。
乾いた喉を潤し、胃の奥へと落ちていくそのたさが、全の細胞に染み渡っていくようだった。
グラスを置き、シンクの縁にを当てて、ふっと息を吐く。
あの、交換したのは、ただの浄器のフィルターだった。
けれど。
私が本当に変えたのは、誰かの顔を伺い、誰かの見栄のために、自分自のを回しにし続けてきた、あのしいき方そのものだったのだ。
窓のを見げる。
どこまでもく、どこまでも青いの空が、眩しいを投げかけていた。
私はもう、度と俯かない。
この乾いた喉を潤すを、私ののき先を、これからはすべて、私自の両で選んできていく。