"「魚臭いから焼肉屋へ」30人を連れ去った義妹が広めた嘘" 第15話
連れの女性が、本鮪のトロをに運んだ瞬、目を輝かせた。
「美しい……! 全然臭さがないし、脂が甘い!」
「でしょ……ここの仕込み、本当に丁寧だから」
理恵はさく頷き、ずつ、噛みしめるように魚をに運んでいた。かつて「魚臭い」と吐き捨てたその料理を、自分ので、自分の舌でわっている。その横顔を、私は包丁のを止めることなく、静かに見守っていた。
宴が終盤に差しかかった頃。アルバイトの佐々さんが、本の焼き物である刀魚の塩焼きをのに置いた。
にる皮目に、炭の美しい焦げ目がつき、脂がパチパチと音をてて弾けている。
「本の焼き物です。脂が変よく乗っておりますので、々りがくじられるかもしれませんが、ごゆっくりお召しがりください」
佐々さんの丁寧な言。その「りがい」という言葉を聞いた瞬。
箸を伸ばそうとしていた理恵の肩が、ビクンときくねた。
喉元に何かが閊えたように、理恵のきが完全に止まった。線が定まらず、青ざめた唇が刻みに震え始める。
あの、自分が話越しに放った、最も醜悪な言葉。『お義姉さんの、魚臭いんだもん』
その記憶が、烈なフラッシュバックとなって彼女の全を貫いたのだ。
カウンターを挟んで、私と理恵の線が、あの騒以来初めて真っ向からぶつかりった。
板のまな板ので、刃包丁を握る私の元。理恵の瞳に、粒の涙がみるみるうちに溜まっていく。
同伴の友が慌てて顔を覗き込む。
「理恵ちゃん? どうしたの、急に……」
理恵は袖で乱暴に目を擦り、必に嗚咽を押し殺した。そして、カウンター越しに私をまっすぐに見つめ、震える唇をいた。
「……あの」
途切れ途切れの、掠れた声だった。
「あの……臭かったのは、お魚じゃなかった」
内の換気扇のい音だけが、のに流れていた。
「本当に……番ひどく臭っていたのは……の好に甘えて、嘘をついて……遣い稼ぎのためにのを踏みにじろうとした……私の、だったの」
ボロボロと、粒の涙がカウンターののに零れ落ちた。
誰かをかすための嘘泣きでも、兄に助けを求めるための演技でもない。自分の浅ましさと罪のさを、骨の髄まで噛み締めたが流す、完全な断罪の涙だった。
私は刃包丁を静かにまな板の脇に置いた。
胸の奥にあった最の澱が、すっと消えていくのをじた。
慰めることも、抱きしめることもしない。「もう気にしていない」などという、っぽい赦しの言葉を与えるつもりもなかった。
犯した罪の記憶は、消えない。の信用を売り払おうとした事実は、ぬまで背負い続けなければならない字架だ。
だが、その痛みを自分ので引き受け、をげて対価を払う覚悟を持ったのなら。私は料理として、この所で受け止めるだけだ。
「どうぞ、めないうちに召しがってください」
私の声は、どこまでも澄み切っていた。
「切なお客様」
理恵は息を呑み、涙でぐしゃぐしゃになった顔を何度も何度もに振った。
「……はい。いただきます」
震える箸で魚のをほぐし、へと運ぶ理恵の背は、かつてのような虚勢の塊ではなく、等のさを抱えたのの姿だった。
夜が更け、は満そうに代を支払い、々とをげてのへと帰っていった。
レジスターの引きしを閉め、私は帳の壁に掲げられた父の写真を見げた。
『そう。分かった』
あの、分の空席をにして理恵に告げた、私の最の言葉。
あのの理恵は、それを「許された」「諦めてくれた」と都よく受け取った。都よく解釈し、棒のように逃げ切れると信じ込んでいた。
だが、本当は違ったのだ。
あのの「分かった」は、決して旗をあげた伏の図ではない。内の甘えという名の暴力に付きうことを、完全にやめたという決別の宣告だった。
相の愚かな選択を、が自らの志で選んだ決定事項として扱い、そこからじる徹な因果のすべてを引き受けてもらうという、宣戦布告だったのだ。
親しさは、の尊厳をタダで踏みにじっていい免罪符ではない。
族という言葉は、契約を無効にして相を犠牲にする魔法の呪文でもない。
境界線を引くことを恐れ、自分を押し殺して耐え忍ぶだけのは、もう完全に終わった。
「女将さん、片付け終わりましたよ」
厨から顔をしたさんに、私はからの笑顔を向けた。
「ありがとうございます、さん。今も、お疲れ様でした」
換気扇を止め、広のかりを落とす。静まり返った内に、への仕込みを待つ清潔な汁のりが、優しく満ちていた。
私はしっかりと勝の鍵を締め、澄んだ夜の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
誰に怯えることもなく。誰の嘘にも侵されることなく。私はもまた、このする「魚」の簾を、誇らしく掲げるのだ。