"手切れ金百万、消えた一億三千万" 第1話
鎌倉のあいに佇む古い料亭の濡れ縁を、初のたいが容赦なく叩きつけていた。
静寂が支配するはずの奥座敷に、乾いた陶器の割れる甲い音が鋭く響き渡り、続いて義母である神崎の嘲笑交じりの声が、襖をビリビリと震わせた。
「の程をりなさい、栞さん。たかが零細税理士の娘が、神崎の本宅にいつまでも居座れるとっているの?」
目のの漆塗りの座卓には、いほうじ茶の染みた婚届と、世田の本宅に関する産名義変更承諾が無造作に放りされていた。
座敷の座には、義母のが胸元に粒の真珠ブローチをらせてふんぞり返り、細く吊りがった目で私を酷に見ろしている。
その隣では、義妹の美奈が、私の私物であるはずの限定版バーキンをが物顔で膝のに抱え込み、品のない笑いを浮かべていた。
そして、私の正面に座る夫――神崎航平は、度として私と線をわせようとはしなかった。
航平は元の級スマートフォンの画面を指先で神経質に弾きながら、まるで元の虫を払うような淡な仕で、割れた湯呑みの破片をつま先で端へ押しやった。
「母さんの言う通りだ、栞。これまで事務所を支えてくれたことには謝しているが、もう潮なんだよ。これ以、おの苦しい顔をで見たくないんだ」
航平のえ切った声音には、かつて私に向けられていたはずのの欠片すら残っていなかった。
「神崎デザイン事務所も、いよいよ次のステージへむ。おのような資格と帳簿付けしか取り柄のないな女じゃ、これからの僕の華やかなビジネスパートナーは務まらないんだよ」
航平が図のように襖の向こうへ軽く線を送ると、擦れの音と共に障子が静かにいた。
そこにっていたのは、体の起伏を誇示するようなのシルクワンピースをにまとった若い女――条梨だった。
梨は慣れた取りで座敷へがり込むと、ためらいもなく航平の真隣に滑り込み、彼のの腕に自らの胸元をあからさまに押し当てた。
「はじめまして、元奥様。航平さんからお話は伺っていますわ。経理の計算だけはお得だったんですって? でもこれからは、私が航平さんの会社もプライベートも、すべて完璧に支えていきますから」
梨の細い薬指には、カラットはある巨なダイヤモンドのリングが、灯の暗いを浴びてギラギラと悪趣に輝いていた。
それは先、航平が「の取引先への付としてどうしてもな資が必だ」と言って、私の個名義の定期預から引に引きさせた千百万円と、寸分違わぬ価値を持つ特注品だった。
「聞こえたかしら、栞さん」
が箔の施された扇子をパチンと鳴らし、蔑むような線を私の元から顔へとねめ回した。
「梨さんはね、の投資ファンドでアジア代表を務める物実業のお嬢様なのよ。あんたみたいに子供のも産めず、朝から晩まで気な数字ばかり睨んでいる女とは、まれ持った血筋と品格が違うの」
は顎をしゃくり、卓の類を私の胸元へ突きばすように滑らせた。
「世田の本宅を航平の規事業の担保に入れるから、名義変更の類に今すぐ判を押しなさい。切れとして、百万円くらいなら恵んであげてもいいわよ。あんたの実のボロを修繕するしにはなるでしょう?」
美奈も甲い笑い声をげ、抱えたバーキンの具を弄びながら嘲弄をねた。
「そうよ、お義姉さん。いつまでも神崎の財産にしがみついてないで、くてってよ。このバッグも、なお義姉さんより私のほうが何倍もお似いでしょ?」
の剥きしの悪が、毒針のように私の全へと突き刺さる。
だが、私ののには、涙も、りの叫びも湧きがってこなかった。
胸の奥底を満たしていたのは、張り詰めた氷のように透き通った、完全なる徹さだった。
私は膝ので揃えていた指先を静かに解き、お茶で汚れた類の文字へと線を落とした。
「……航平さん。本気で、この類に私が署名するとっているの?」